労働者派遣法の改正 派遣社員はどう変わる?

相談者 N.Hさん

 大学を卒業してから3年になります。大学時代は、何とか正社員になろうとまじめに授業に出て就職活動も一生懸命やってきました。けれども就職戦線の厳しさは想像以上で、受けても受けても内定はもらえませんでした。大学に残ることも考えましたが、親に経済的負担をかけるのはしのびなく、今は派遣会社に登録して、都内のIT企業で派遣社員として働いています。

 両親と同居の自宅住まいなので、今の生活に不安はありません。でも、新聞などで“派遣切り”といった見出しを目にするたびに、自分の働いている会社だったらどうしようと、ドキドキしながら記事を読んでしまいます。先日、同じような立場の大学時代の友人と食事をしていたら、派遣法が改正になって、派遣社員に有利になったらしいという話を聞きました。法律の改正で、どういった点が有利になったのか教えてください。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

回答


派遣社員の保護目指し規制強化

 リーマンショック後の「派遣切り」に端を発した派遣社員の待遇問題が、社会問題となったことは記憶に新しいところです。

 総務省統計局による労働力調査では、派遣社員は、平成25年1月~3月の平均で、全国に約124万人となっています。平成22年4月~6月の平均から平成24年7月~9月の平均までは、100万人を下回っていましたが、平成24年10月~12月の平均で100万人を超え(約103万人)、今年の1月~3月の平均は、さらにそれを上回ったということで、派遣社員の待遇をどう改善していくかは切迫した問題となっています。

 こうした状況の下、平成24年10月1日、派遣社員を保護するための規制強化を目的とした改正労働者派遣法が施行されました。元々の労働者派遣法の正式名称は、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」でしたが、今回の改正によって、名称も「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」となり、内容ばかりでなく、法律名称も労働者の保護が前面に打ち出されています。法律の目的についても、「労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を講ずるとともに、派遣労働者の保護等を図り、もって派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資すること」に修正されています(労働者派遣法1条)。

 今回の法改正は多岐にわたるので、とても全部をご紹介はできませんが、派遣社員の皆さんに関連するのは、以下のような事項かと思われますので、それぞれについて説明していきたいと思います。

 (1) マージン率等の情報公開の義務づけ(改正派遣法第23条5項)
 (2) 雇い入れ時における派遣料金額の明示(改正派遣法第34条の2)
 (3) 賃金等の決定にあたり、同種の業務に従事する派遣先社員との均衡の考慮(改正派遣法第30条の2)
 (4) 無期雇用への転換推進措置(改正派遣法第30条)
 (5) 日雇い派遣の原則禁止(改正派遣法第35条の3)
 (6) 離職後1年以内の人を元の勤務先に派遣することの禁止(改正派遣法第40条の6)
 (7) 派遣先の都合で派遣契約が解除される場合の保護(改正派遣法第29条の2)

 なお、今回の改正で、「労働契約申込みみなし制度」が話題となっていますが、これは平成27年10月1日に施行されます。従って、改正に備えて企業の姿勢が変わることで間接的な影響を受けるかもしれませんが、当分の間、派遣社員の皆さんには直接関係はないと思われます。そこで、今回は、末尾で概略のみをご説明したいと思います。

マージン率等の情報公開の義務づけ

 派遣社員として働く場合、労働者は、派遣元となる派遣会社との間で、労働契約を締結します。そして、派遣会社と派遣先との間で派遣契約が締結され、労働者は派遣先の指揮監督の下に労働するわけです。

 その際、労働者が、一方的に不利な条件で、派遣会社と労働契約を締結しないで済むために、派遣会社の情報を適切に取得できるよう、改正法は、あらかじめ一定情報の公開を派遣会社に対し義務づけています。そして、公開される情報の中に派遣会社のマージン率が含まれたことが注目されています。

 マージンとは、簡単に言えば、派遣事業において派遣会社の手元に残るお金のことです。派遣会社が派遣先から受け取る派遣料金から、派遣社員に支払う賃金を差し引いて算出するわけですが、それを派遣料金で割ったものがマージン率ということになります。マージン率が高ければ、その分だけ、派遣料金から多くのお金が差し引かれ、派遣社員の賃金が支払われていることになります。今回の法改正により、派遣社員1人あたりの平均派遣料金と平均賃金額を使ってマージン率を計算し、年に1回、インターネットなどで情報提供することが派遣会社に義務づけられました。

 ただ、マージン率が低い会社の方が良心的かというと、必ずしもそういうわけではありませんので注意が必要です。マージンには、派遣会社の営業利益や社員の人件費のほかに、派遣会社が負担する社会保険料(厚生年金保険、健康保険)、雇用保険料・労災保険料、有給休暇に関する負担分、派遣会社での福利厚生費や教育訓練費等も含まれているからです。とはいえ、マージン率が高すぎる場合は、派遣会社の営業利益などが多く取られていて、賃金が低く抑えられている可能性もありますので、派遣会社を選ぶ際の有用な情報となり得ると思います。

 ちなみに、マージン率は、普通は30%程度と言われています。一般社団法人日本人材派遣協会のHPによれば、モデルケースとして、派遣料金の内訳が説明されており、派遣料金を100とした場合、派遣社員賃金70%、社会保険料10・2%、スタッフ有給休暇費用4・2%、派遣会社諸経費13・7%、派遣会社営業利益1・9%と記載されています。

 なお、このマージン率の公開は、平成24年10月1日以降に終了する事業年度が終了した後、その事業年度分の公開が義務付けられています。例えば、3月決算の企業で、25年3月で事業年度が終了した場合、平成24年4月1日から平成25年3月31日までの事業年度分の公開をすることになるわけです。その場合、期末(平成25年3月31日)以降、つまり平成25年4月以降速やかに公表する必要があるのですが、具体的な期間の定めは規定されていません。また、情報提供方法は、事業所への備え付け、インターネットの利用、その他の適切な方法によることが求められているだけであり、ホームページに掲載しないで、事業所への書類の備え付けで情報提供することも認められていることから、必ずしも会社間の比較を容易にできるわけでもなさそうです。

 とはいえ、私がネットで検索してみたところ多くの業者が公開しているようですし、そもそも、現代のネット社会において情報を隠すことは不可能であり、企業側としても、事業所への書類の備え付けだけで処理すれば事足りると考えるのは危険です。その内容が派遣社員に不利な内容であった場合には、自社に不利益な情報をなるべく知られないようにしていると疑われ、あっという間にネットで情報が拡散し、場合によっては炎上するなどして、かえってその企業の評価を落としかねないと思われます。

雇い入れ時における派遣料金額の明示

 派遣会社は、労働者を派遣社員として雇い入れようとする場合、労働者派遣をしようとする場合、及び労働者派遣に関する料金の額を変更する場合に、労働者に対し、派遣に関する料金額を明示しなければなりません。これによって、労働者は、事前に待遇などの条件等の説明を求め、確認することができるようになります。

派遣先社員との均衡

 派遣会社は、派遣社員の賃金を決定する際、派遣先で同種の業務に従事する労働者の賃金水準、派遣社員の職務の内容、職務の成果、意欲、能力、経験等に配慮しなければならず、また、教育訓練や福利厚生などについても同様に配慮が求められることになりました。

無期雇用への転換推進措置

 これまで派遣社員が無期雇用になる機会が少なかったことから、有期雇用の派遣社員(雇用期間が通算1年以上)の希望に応じて

 (1)期間の定めのない雇用(無期雇用)に転換する機会の提供

 (2)紹介予定派遣(派遣先に正社員や契約社員などで直接雇用されることを前提に、一定期間、派遣スタッフとして就業する形態)の対象とすることで、派遣先での直接雇用を推進

 (3)無期雇用の労働者への転換を推進するための教育訓練などの実施

 ――のいずれかの措置をとることを派遣会社の努力義務としました。

日雇い派遣の原則禁止

 日雇い派遣については、雇用が不安定で、労働者の技能形成にもつながりにくいことや、派遣会社・派遣先のそれぞれで雇用管理責任が果たされておらず、労働災害が発生する原因にもなっていたことから、雇用期間が30日以内の日雇い派遣は原則禁止になりました。

 禁止される日雇い派遣か否かは労働契約の期間(日数)で判断されますので、例えば、12月の1か月間の仕事ということで契約した場合は、31日間の契約期間となり日雇い派遣には該当しませんが、11月1か月の仕事ということになれば、契約期間は30日となりますので、日雇い派遣に該当することになります。雇用期間が31日以上であればよいので、その期間中で、A社に2週間派遣、B社に1週間派遣、C社に2週間派遣といった派遣は問題ないことになります。なお、労働者派遣法で禁止されるのは、あくまでも30日以内の日雇い「派遣」であり、派遣ではなく、30日以内の直接雇用は対象となっていません。

 ただし、(1)専門的業務のうち日雇い派遣を認めても日雇い労働者の雇用管理に支障を及ぼす恐れのない業務(2)雇用機会の確保が特に困難な場合――には、政令により例外を定めています。

 (1)にあたるのは、いわゆる専門26業務のうち、ソフトウエア開発業務、機械設計業務、事務用機器操作関係業務等の18業務です。これらについては、30日以内の雇用期間での派遣も可能としています。なお、この点は、厚生労働省のHPなどに全業種が紹介されていますのでご参照下さい。

 (2)にあたるのは、60歳以上の人を派遣する場合、雇用保険の適用を受けない学生を派遣する場合、副業として日雇い派遣に従事する人を派遣する場合(生業収入が500万円以上の場合)、主たる生計者でない人を派遣する場合(世帯収入が500万円以上の場合)などが禁止の例外とされています。

離職後1年以内の人を元の勤務先に派遣することの禁止

 直接雇用の労働者を派遣社員に置き換えることで労働条件の切り下げが行われないよう、離職後1年以内に、派遣社員として元の勤務先に派遣されることがなくなりました。つまり、正社員・契約社員としてA社に勤務していた労働者がA社を離職して、派遣会社B社と労働契約を締結した場合、A社を離職してから1年以内に、派遣社員としてA社に派遣されることはできないということです。正社員を派遣社員で代替する動きを防止するためのものです。この場合、A社が該当者を派遣社員として受け入れることも禁止されます。なお、この規定は、60歳以上で定年退職した場合は該当しません。

派遣先の都合で派遣契約が解除される場合の保護

 労働者派遣契約の中途解約によって、派遣社員の雇用が失われることを防止するため、派遣先の都合で派遣契約を解除する場合は、派遣社員の新たな就業機会の確保、休業手当などの支払いに要する費用の負担などの措置をとることが派遣先の義務となりました。どのような措置を取るかについて、派遣先は、派遣契約を締結する際に明示しなければなりません。この改正によって、派遣社員が予期せぬ派遣切りにあった場合でも、派遣先で最低限の措置を講じなければならなくなりました。

派遣先による直接雇用の申込みのみなし

 最後に、労働契約申込みみなし制度について説明します。冒頭で触れたように、この制度は、平成27年10月1日からの施行とされていますので、当分の間は派遣社員の皆さんには関係ありません。ただ、非常に大きな影響のある改正ですので、簡単に説明しておきたいと思います。

 労働契約申込みみなし制度とは、派遣先が違法派遣と知りながら派遣社員を受け入れている場合、違法状態が発生した時点で、派遣先が派遣社員に対して労働契約の申し込み(直接雇用の申し込み)をしたとみなす制度です。一定の条件を満たせば、企業と個人の間の雇用契約が自動的に成立することになるわけです。

 実は、労働者派遣法の改正前にも、派遣先の直接雇用義務に関する規定は存在していました。しかしながら、それらは派遣先の努力義務とされていたことや、義務違反に対する行政的措置により、ただちに派遣先との間の雇用契約が生じるわけではないという限界も指摘されていました。そこで、下級審裁判所の中には、派遣先と派遣社員との間に黙示の労働契約の成立を認定することで派遣社員の保護を図る努力をするものもありましたが、これを否定する最高裁判所判決(平成21年12月18日、パナソニックプラズマディスプレイ事件)の登場で、一定の限界が明らかになっていました。今回の改正は、派遣先が違法派遣と知りながら派遣社員を受け入れている場合、違法状態が発生した時点で、派遣先が派遣社員に対して労働契約の申し込み(直接雇用の申し込み)をしたとみなす制度として新設されたのです。

 この規定により、派遣社員が申し込みを承諾した場合には、派遣先と派遣社員との間に直接の雇用契約関係が成立することになりますので、労働者の地位の保護が図られるわけです。とはいえ、違法派遣かどうか、企業が違法派遣と知っていたかどうか、といった判断を伴う制度であり、今後、実際の適用がどうなるかに注目していく必要があると思います。

派遣社員、企業の双方に大きな影響

 以上のように、今回の改正は労働者派遣法が制定されて以来の全面的な大改正であり、その内容は、派遣社員の地位向上のために有用な項目が少なくありません。また、企業にとっては、事前勧告なしの是正勧告や、企業名公表制度など、大きな社会的制裁が盛り込まれており、派遣社員保護の充実という観点はもちろん、企業コンプライアンスの観点からも無視できないものとなっています。

 この法改正によって、企業が自ら積極的な対応をとり、ご相談者のような派遣社員の方が安心して働ける環境が実現してほしいと願っています。

 

2013年07月24日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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