内定を辞退したいが…法的に問題は?

相談者 A.Kさん

 私の息子は、現在、東京の某大学の4年生で就職活動中です。景気回復に伴い企業の採用意欲が増しているせいか、順調な就職活動を送っているようです。息子も、既に複数の企業から内定をもらっているようですが、自分の人生にかかわることだから妥協しないと言って、東京ばかりでなく、地方の企業も含め、今も様々な企業を回って就活を続けているようです。ただ、複数の企業から内定をもらえば、当然、内定を辞退することもあるわけで、そんな不誠実な行動をして大丈夫かとハラハラしながら見ていたのですが、案の定、今、面倒な事態に巻き込まれています。

 息子が、先日、大阪に本社を置く企業に内定辞退の電話をしたところ、担当者がいきなりキレて、「電話で辞退の連絡をするとは不誠実だろう!」「なんで辞退するの!?理由を言って下さい」「結局、どこの企業に行くんだ!」「あなたのせいで、育成計画が狂った。どうしてくれるんだ!?」「あなた1人を採用するのにどれだけお金がかかったのか分かってるのか!」「あなたが辞退したことで、本当ならウチに入れる人の人生を変えたことになるがその責任をどうとるんだ!」「こういう内定辞退をするなら、今後あなたが属している大学のゼミの出身者は二度と採用しない。それでもいいのか!」「内定者懇談会に来るために交通費を支給したが詐欺じゃないか。全額返還してもらう」などと散々言われて、最後に「本当に辞退するなら、損害賠償請求を検討せざるを得ない」と言われたそうです。

 リーマンショック後に、多くの企業が内定取り消しをして社会から非難を浴びましたが、内定辞退はその逆パターンです。内定辞退を告げにその会社まで行ったらコーヒーをかけられたなどというウワサも聞きます。採用活動にあたって企業も多大な費用をかけているわけですから、謝っただけで済む問題なのかという気もしていて、本当に損害賠償を請求されたらどうしようという不安もあります。息子には社会に出る前につまずいてほしくないという気持ちでいっぱいです。内定を辞退すると、法的責任まで負わされてしまうのでしょうか。教えていただければ幸いです(最近の事例を参考に創作したフィクションです)。

(回答)

内定とは?

 企業は全ての採用選考プロセスを通過した段階で「合格」、つまり正社員として迎えたいと決めた応募者に対して、内定日に内定通知書を交付して採用の意思表示を行います。この行為を、一般的に「内定」と呼んでいます。そして、一般的に企業が正式な内定を出すのは10月1日以降とされています。これは法律で決まっているわけではなく、日本の主要企業が所属している日本経団連が定める「採用選考に関する企業の倫理憲章」に明記されているからです。

 同憲章は、「学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動の早期開始は自粛する。具体的には、広報活動ならびに選考活動について、以下の期日より早期に行うことは厳に慎む」と規定し、「インターネット等を通じた不特定多数向けの情報発信以外の広報活動については、卒業・修了学年前年の12月1日以降に開始する」「面接等実質的な選考活動については、卒業・修了学年の4月1日以降に開始する」とし、さらに、正式な内定日として「卒業・修了学年の10月1日以降」を順守することを明記しているのです。

 ちなみに、この就職活動のスケジュールが、2016年春の卒業予定者から大きく変わり、会社説明会の解禁時期を3月1日、面接などの選考活動を8月1日へと、それぞれ遅らせるという話題については、本連載の「話題のブラック企業、どんな会社?見分け方は?」(2014年4月23日)でも触れていますのでご参照下さい。

 この憲章は強制力のあるものではなく、経団連に所属していない、外資系企業や新興IT企業などを縛るものではありません。ただ、経団連に参加する多くの日本を代表する著名企業は同憲章を順守しており、10月1日以前には内定を出すことができないわけです。

実際には10月1日以前に「内々定」

 とはいっても、実際のところ、大半の企業は4月以降から採用の意思を応募者に伝えています。企業としては内定日が来る前に、採用したい応募者に対して、採用の意思表示を伝えて囲い込みを行うわけです。この10月1日以前に企業が応募者に対して行う採用の意思表示が「内々定」と言われており、10月以降に正式に伝えられる「内定」と区別されています。

 そして、企業が応募者に採用の意思表示を行うという意味では、内定と内々定はほぼ同様と考えられそうですが、実は、法的な観点からは異なるものとして理解されています。この内々定については、内定に関して説明した後に論じたいと思います。

内定の法的な位置づけ

 具体的な採用の流れとしては、内々定が伝えられた後、企業が内定日になって、正式に内定通知書を交付し、応募者(学生)が誓約書(内定承諾書)などを出すことになるのが一般的な流れとなるかと思います。

 そして、最高裁判所は、昭和54年7月20日付判決において、「企業が大学の新規卒業予定者を採用するに際して実施するいわゆる採用内定の制度の実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一般的に論断することは困難であり、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即して採用内定の法的性質を検討する必要がある」としたうえで、会社が求人募集を行い、この求人募集に対し学生が応募し、筆記試験および適格試験を受け、身上調書を提出し、面接試験および身体検査を受け、その結果、採用内定通知を受けたという事案において「本件採用内定通知の他には労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき、Y社からの募集(申し込みの誘因)に対し、X(注:学生)が応募したのは、労働契約の申込であり、これに対するY社からの採用内定通知は、右申し込みに対する承諾であって、Xの本件誓約書の提出と相俟って、これにより、XとY社との間にXの就労の始期を昭和44年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の5項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当」としています。

 この判例の事案は、我が国の企業における一般的な採用形態であり、新卒者採用の多くは、法的には、「始期付解約権留保付労働契約」であると解されることになります。

 「始期付」というのは、新卒者の場合は、通常であれば、大学卒業後の4月1日が就労開始日になりますので、就労の始期付ということです。また、「解約権留保付」というのは、それまでの間、使用者は、採用内定通知書や誓約書に記載されている採用内定取り消し事由(たとえば、提出書類の虚偽記載、卒業不可、健康状態の悪化、その他入社後の勤務に不適当と認められた時など)が生じた場合には労働契約を解約できるといった解約権を持っていること(これが解約権の留保ということ)を意味します。

 従って、上記のように、一定の場合における解約権の留保はあるものの企業からの内定通知によって、労働契約が成立することになります。

内定辞退の意味

 以上のように、内定通知によって労働契約が成立する以上、応募者(学生)からの内定辞退は、この労働契約を解約するという法的意味を有することになります。

 一方的な契約の解約というと、簡単には許されないという印象があるかもしれませんが、そうではありません。雇用に関して定めている民法第627条は、「期間の定めのない雇用の解約の申入れ」として、第1項に「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」と規定して、労働者による解約の自由を認めています。

 従って、少なくとも、2週間の予告期間をおく限り、企業側に申し入れれば内定を辞退できることになります。この解約の申し入れは、たとえ内定承諾書を企業に提出していても、法的に認められており、基本的に内定辞退をすること自体には問題はないということになります。

内定辞退で損害賠償責任は生じる?

 上記のとおり、基本的に労働契約を解約することは可能なのであって、内定辞退も同様に可能と言えます。とはいえ、どのようなケースでも、内定辞退をしたことを根拠に、企業側から法的責任を追及される可能性が全くゼロであるとまでは言い切れません。労働法の概説書などでも、余りにも信義則に反する態様で為(な)された場合にのみ例外的に責任を問われ得るなどとして、責任追及の可能性を認めています。ただ、内定辞退の事案において、そこまでひどい態様というのは具体的にちょっと思いつきません。

 さらに、仮に、企業側が、応募者(学生)が内定を辞退したことについて、損害賠償を請求しようと考えたとしても、損害額や、内定辞退と損害との因果関係などを立証しなければ、そのような請求は認められません。実際の損害額を考えると、通常は、すでに手配した研修費用や資料代、その他設備などにかかる費用が想定される程度で、金額的に大きなものにはならないと思われます。そもそも、内定辞退を理由に、企業が学生に訴訟まで提起するというのは決して見栄えのよいものではなく、世間から批判を受けることも想定されます。それこそ、以前本連載で説明したブラック企業のレッテルを貼られてしまう恐れもあると思います(2014年4月23日付「話題のブラック企業、どんな会社?見分け方は?」)。

 従って、企業が、内定辞退をした応募者(学生)に対して損害賠償請求訴訟を提起するというような可能性は、その労力や費用、レピュテーション(評判)リスクなどを総合的に考えると、事実上はほとんど無いのではないかと思われます。私も、そういった裁判が提起されたのを今まで聞いたことはありませんし、私が調べてみた限りでは、判例データベースにもそういった裁判例は掲載されていないようです。

企業からの内定取り消しも自由に可能?

 では、逆に、内定通知をもらった応募者(学生)に対して、企業側から内定取消しを自由に行うことも可能なのでしょうか。

 この点、前述の最高裁判所判決では、企業からの内定取り消しが認められる場合を限定的なものとして示しています。具体的には、「雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮」した上で「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である」と判示して、内定の取り消し事由を限定しています。

 そして、当該裁判の事案における企業側の内定取り消しの中心的な理由は、「被上告人(注:学生)はグルーミー(注:「陰気な」という意味、原文ママ)な印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかもしれないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかった」というものであったと認定した上で、「グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであるから、上告人(注:企業側)としてはその段階(注:内定前の段階)で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す材料が出なかったので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権のらん用というべきである」と判示し、企業側の内定取り消しを無効としたわけです。

内々定については?

 では、内々定についても、内定と同様に考えれば良いのでしょうか。裁判所は、そもそも、内々定につき、内定とは法的に異なるものとして取り扱っています。

 福岡高等裁判所判決(平成23年2月16日)は、翌年3月に大学を卒業することを予定して就職活動をし、不動産売買等をなりわいとする株式会社から7月7日ころ内々定を得ていた学生が、採用内定通知書授与の予定日の2日前である9月30日ころに会社により通知された内々定の取り消しが違法であるとして、労働契約の成立を前提とする債務不履行に基づく損害賠償請求、または労働契約の成立を前提としない不法行為に基づく損害賠償請求をした事案において、内々定の法的性質について次のように判示しています。

 ア 控訴人(注:内々定を出した企業)は、被控訴人(注:内々定を取り消された学生)に対し、倫理憲章の存在等を理由とし、同年10月1日付で内定を行うことを前提として、本件内々定通知を発したものであるところ、本件内々定後に具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続き等は行われておらず、控訴人が入社承諾書の提出を求めているものの、その内容も、内定の場合に多く見られるように、入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものでもない。

 イ 本件内々定通知及び入社誓約書提出後の控訴人と被控訴人との接触状況をみると、説明会が1回開催されたほかは、いわゆる入社前教育等は全く行われず、控訴人によって被控訴人が他社への就職活動を制限されることもなかったもので、本件内々定後、控訴人が同社への入社を前提として被控訴人を拘束する関係はうかがわれない。

 ウ 被控訴人は、原審本人尋問において、本件内々定は正式な内定ではないこと、本件内々定を受け取っていても、控訴人から入社を翻意される可能性があることは認識していた旨供述している。

 エ 平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では、複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し、平成20年(平成21年4月入社)の就職活動も、当初は前年度と同様の状況であり…内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかった。被控訴人においても、内々定を受けた複数の企業から就職先を選択する新卒者の存在を認識していた。

 以上によれば、本件内々定は、内定(労働契約に関する確定的な意思の合致があること)とは明らかにその性質を異にするものであって、内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきである。したがって、控訴人が確定的な採用の意思表示(被控訴人の申し込みに対する承諾の意思表示)をしたと解することはできず、また、被控訴人は、これを十分に認識していたといえるから、控訴人及び被控訴人が本件内々定によって労働契約の確定的な拘束関係に入ったとの意識に至っていないことが明らかといえる。本件において、被控訴人主張の始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。

内々定辞退や内々定取り消しは?

 上記福岡高等裁判所の判断に従えば、内々定の場合において、内定のような「始期付解約権留保付労働契約」はそもそも成立していないことになります。そうなると、同契約が成立するとされている内定の場合ですら、前述のように、内定辞退は自由に認められるわけですから、内々定の場合において、学生が辞退を制約されることなど通常は考えられないことになります。

 では、企業からの内々定の取り消しも、内定とは異なり、自由に可能なのでしょうか。上記判例のとおり、内々定は法的には労働契約が成立したとは認められないということであれば、契約関係がない以上、取り消しも自由にできるようにも思われます。

 この点、福岡高等裁判所の前記判決は、内々定による労働契約の成否については、前述のように否定し、学生による労働契約の成立を前提とした請求は認めませんでした。他方、労働契約の成立を前提としない不法行為に基づく損害賠償請求に関しては、労働契約締結過程における信義則に反し、応募者の期待利益を侵害する不法行為を構成するとして、慰謝料20万円及び弁護士費用2万円の合計22万円を上記期待利益侵害と相当因果関係ある損害として認めています。

 簡単に言えば、採用内定通知書交付の日程が定まり、そのわずか数日前に至った段階では、会社との間で労働契約が確実に締結されるであろうという、学生が抱く「期待」は、法的保護に十分値する程度にまで高まっていたとして、企業側の対応は、この期待利益を侵害する不法行為であると判断したわけです。

 ちなみに、同じ企業の内々定取り消しを巡る裁判では、別の内々定を取り消された学生についても、同様の理論で、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円の合計55万円が認められています(福岡高等裁判所・平成23年3月10日判決)。両判決の認定した金額が異なっていますが、後者の裁判においては、当該学生が内々定取り消しによって受けた精神的苦痛が大きく、1か月程度、就職活動ができない期間が生じ、その後も就職できないという状態が続いたことが影響しているのではないかと思われます。

 これら判決によれば、内定の場合と異なり、企業側による内々定の取り消しは無効とはされていませんから、内々定取り消しそのものは認められたこととなりますが、損害賠償は認められており、内定ほど厳格ではないものの、同様に、内々定だからといって、企業が自由に取り消しをできるということではないということです。

大切なのは誠意ある対応

 さて、今の時期の内定であれば、息子さんが企業からもらったのは、厳密に言えば、内々定ではないかと思われます。ただ、全ての企業が、冒頭で述べた憲章を順守しているわけではありませんから、内々定か内定かを時期だけで判断することはできず、その実態によって判断することになります。

 いずれにしても、基本的には、法的に問題なく辞退できることに何ら変わりはありません(内定の場合には、民法第627条に従って、少なくとも2週間の予告期間をおいて企業側に申し入れる必要があることは前述の通りです)。

 とはいえ、ご紹介した判例でも指摘しているように、内々定の場合は、内定とは異なり、内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではなく、企業側も辞退されることを当然想定していると思われるのに対し、内定はそうではありません。内定辞退となると、相談者も述べているように、採用活動にあたって企業も多大な費用をかけているわけであり、採用担当者の社内評価の問題も絡んで、相談文にあるような感情的な対応が出て来ることもあり得ると思われます。法的責任の有無は別として、やはり誠意ある対応をして、相手の理解を求める努力は十分に尽くされた方がよろしいかと思います。

 

2014年05月28日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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