日本郵政の上場、企業にとってIPOとは?

相談者 ITベンチャー社長 KSさん(32)

 私はアップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏を尊敬しています。2005年、大学生だった私は米スタンフォード大学の卒業式で行われたジョブズ氏のスピーチを聞き、大変感銘を受けました。それからの私の人生を変えたといっても過言ではありません。最後にスピーチを締めくくった「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」という言葉は、私の座右の銘として今も胸に刻まれています。

 大学を卒業後、サラリーマンの道は選ばず、友人とインターネット関係の会社を起こしました。事業が思うようにいかず、つらい思いをしたこともありました。このままやっていって良いのか、悩むこともありました。

 そんなとき、いつもジョブズ氏のスピーチを思い出しました。

 将来をあらかじめ見据えて点と点をつなぎ合わせることなどできない、できるのは後からつなぎ合わせることだけ、だから今やっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろう、と。

 インターネットの普及の後押しもあり、会社は軌道にのって、それなりの利益を上げるようになりました。アベノミクスで株式市場に活況の兆しが見え始め、私の会社も証券会社からIPO(新規株式公開)の誘いを受けるようになりました。当初はあまり興味がなかったのですが、アップルも株式は上場していると思い返し、ちょっと検討してみようかと考え始めました。

 11月4日に控える日本郵政グループの株式上場は、1987年のNTT以来の大型上場として話題となり、それと同時にIPOという言葉もよく耳にするようになりました。

 日本郵政グループのIPOと比べるのはおこがましいのですが、私のところのような新興企業がIPOをした場合の、メリットとデメリットを教えていただけますか。また、IPOの決断において何を重視すべきか、また、いざIPOを行おうと決意した場合に、気を付けておくべきことがあれば知っておきたいです(最近の事例を参考に創作したフィクションです)。

(回答)

日本郵政グループ上場に沸く市場

 最近、日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の郵政3社(日本郵政グループ)の株式新規公開(IPO)が話題になっています。公開を11月4日に控え、上場に伴う株式売り出しとしては異例のテレビ広告まで実施されて、ネット上でも、「当選」とか「もうかる」といった、まるで宝くじを連想するような言葉があふれています。

 相談者が指摘するように、今回の日本郵政グループの上場は、1987年のNTT以来の大型上場です。当時、NTT株の公募価格が119万7000円であったのに対して、初値が160万円、さらにその後、318万円まで上昇し、申し込み抽選で当たった人は、わずか2か月余りで資産を2倍半に増やしました。社会現象になった、このNTT株を巡る騒動が、いまだに、多くの人の記憶に残っているのだと思います。購入者が資産を増やすのは良いことですので、ぜひ、今回の上場も成功してほしいものです。

 さて、今回の日本郵政グループ上場のニュースが世間であふれる中で、普段耳慣れない「IPO」という言葉が、いつになく、メディアに頻繁に登場し、注目が集まっています。今回は、このIPOの説明とともに、相談者が経営しているような新興企業がIPOをした場合のプラスとマイナスを考えたいと思います。

IPOとは

 「IPO」とは、「Initial(最初の)Public(公開の)Offering(売り物)」の略で、未上場の企業が、新規に株式を証券取引所に上場し、投資家が自由に売買できるようにすることを意味します。新規株式公開とか、株式上場などと一般に呼ばれています。

 IPOをすることで、全ての人が、会社の株式を証券取引所(株式市場)において広く売買することが可能になり、その結果、その会社の株式の流動性が飛躍的に高まります。会社にとっては、株式市場において新株を発行し適切なタイミングで資金調達を行うことが可能になります。また、株主にとっては、株式を売却しやすくなるためキャピタルゲイン(売却利益)を得やすくなるなど様々なメリットがあります。

 2008年のリーマンショックをきっかけに株価が低迷し、IPOの件数も減少傾向にありました。しかし、ここ数年で再び増加してきており、ベンチャー業界においてはIPOを一つの目標としてがんばっている企業も多くあります。

IPO件数の増加

 IPOを行った会社数は、10年が22件、11年が37件、12年が48件、13年が58件、14年が80件となっており、5年連続で増加しています。

 昨年12月に上場したgumiが今年3月に大きく業績の下方修正を行った、いわゆる「gumiショック」を契機に、IPO市場に対する不信感が高まり、厳格な上場審査が求められる事態になりました。

 にもかかわらず、アベノミクスによる円安・株高などを背景に15年もIPOは上半期だけで45社に上るなど引き続き好調です。なお、IPOを行った企業の約半数が、情報・通信業やサービス業で、スマートフォンの普及などに伴う近時のITビジネスの発展が増加を支えていると言えそうです。

会社にとってのメリット(1)-資金調達

 会社にとって大きなメリットの一つは、株式市場において新株を発行し、適切なタイミングで資金調達が可能になるということです。

 未上場段階における資金調達は、金融機関からの融資のほか、ベンチャーキャピタル、エンジェルと呼ばれる個人投資家などから出資を受ける方法が一般的です。

 しかし、言うまでもなく、個人の資金力は限界がありますし、金融機関の厳しい融資判断やそれに伴う諸問題(金利水準、提供する担保の有無やその評価額の制約)などもあり、資金調達は金額的にかなりの制約があります。

 また、外部の投資家からの資金を入れる際は、その交渉過程で、デューデリジェンスと呼ばれる調査が必要となり(主に公認会計士や弁護士が実施します)、時間がかかるケースが多く、必ずしも、適切なタイミングで迅速な資金調達ができるわけではありません。

 これに対して、上場をすれば、株式市場を通じて広く出資者を募ることができるようになり、必要な資金を適切なタイミングで機動的に調達できるようになります。

 もちろん、このような資金調達の多様性は、財務体質の強化にもつながります。

会社にとってのメリット(2)-社会的信用性

 また、IPOを行う場合は、コンプライアンス体制の整備を含めて厳しい上場審査を乗り切らなければなりません。この審査を乗り越えることで、会社への社会的信用性が大きく向上することになります。

 現在国内の企業は約170万社ありますが、このうち上場している企業は約3500社しかなく、全体のわずか0.2%です。上場企業となることで、社会的ステータスや企業のブランドイメージを向上させることができます。それによって、取引先や金融機関、そして消費者からの信頼向上につながるわけです。

会社にとってのメリット(3)-人材確保

 このように信用性を向上させることは、優秀な人材獲得にもつながります。会社を上場させたことによって、未上場時には獲得できなかった優秀な人材を迎え入れることができたというケースはよく聞く話です。

 特に、現在のように、雇用環境が改善され、広い業種で人手不足が指摘されるようになると、人材確保は企業にとって極めて重要です。

 上場によって、社員が住宅ローンを組みやすくなったり、賃貸住宅に入居しやすくなったり、また、心配をかけてばかりだった親が喜んでくれたり、社員やその家族にとって有形無形のメリットがあります。

 会社は人がつくるものですから、優秀な人材を集めることができるようになれば、会社の発展にとって非常に大きなプラスとなります。

会社にとってのメリット(4)-コンプライアンス意識の向上

 IPOを行って上場企業となった場合、様々な資料を適時に外部に開示する必要があります。IPOの準備過程で上場審査に向けて社内の様々な制度や規定などを整備するため、社内全体のコンプライアンス意識の向上が期待できます。

 企業において、コンプライアンスは非常に重要です。わずか数名の社員によって行われた牛肉偽装で会社解散にまで追いやられた雪印食品を例に挙げるまでもなく、コンプライアンス違反が企業を破綻に追いやることも決して珍しくありません。IPOの過程において、全ての職員のコンプライアンス意識が高まることは大きなメリットになります。

株主や従業員にとってのメリット

 株主にとってもメリットがあります。

 まず、いわゆる創業株主(創業者として株式会社設立時から株を持っている者)にとっては、上場で高い株価が付けば、株式売却益を得ることができます。ある意味で、創業者株主の努力が金銭という形で報われる瞬間といえるでしょう。創業者株主だけでなく、会社からストックオプション(あらかじめ定められた価格で会社の株式を取得することのできる権利)などを付与されていた従業員にとっても、同様の利益還元が発生します。

 また、株主は株式の売却が容易になり、キャピタルゲイン(売却利益)を得やすくなるメリットもあります。未上場では株式を譲渡する場合、社内で、会社法に規定された承認手続きなどを踏まないと売却できませんし、そもそも、買い手を探すことは一苦労です。上場によって、株式の流動性が一気に高まり、いつでも自由に換金できるようになります。

IPOのデメリット

 一方で制約や負担もあります。やみくもにIPOをしても後悔することになります。

 実際、上場会社が、後から非公開化するような事例は多数あります。アパレルのワールド、飲料メーカーのポッカ、「TSUTAYA」を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ、「牛角」などを展開するレックス・ホールディングス、出版社の幻冬舎など、非公開化して株式市場から退出する例は枚挙にいとまがありません。アメリカでも、PC販売で有名なデル社が、2013年に株式非公開化を実施しています。

 では、IPOのデメリットとは何でしょうか。

 株式が上場されると、全く面識のない第三者が外部株主として加わってくることになります。その結果、内部的なれ合いでは許されず、適切な経営を行っていく必要が生じます。具体的には、法令を順守しつつ、業績の向上に向けて努力していくことが必要となります。

 もちろん、企業が社会的存在である以上、未上場であっても同様の要請はありますが、上場すると第三者の目にさらされることになり、今まで以上に意識や緊張感が必要です。株主に対して適切な説明責任を果たしつつ、外部の株主からの厳しい質疑応答にも耐えうるような対応の準備が必要です。未上場のころの内々に友好的な株主間のみで話し合うといった姿勢は許されません。

 また、新たに参入してくる外部株主は、必ずしも会社にとって友好的な株主ばかりとは限りません。会社の経営権を奪取しようとする株主がいる可能性もあり、時には敵対的買収を仕掛けられてしまうリスクにもさらされます。老舗食品メーカーのブルドックソースと、スティール・パートナーズとの経営権を巡る攻防戦は、まだ記憶に新しいところです。ブルドックソースは、勝負には勝ったものの、買収防衛策に伴ってスティール・パートナーズに支払った金銭や訴訟関連費用など多額の負担を余儀なくされました。この事案は極端な例ですが、そのような状況にまでいかなくても、新たな株主から、株主重視経営を求められ、会社が、配当などの株主還元策を実行することに追われ長期戦略を遂行することが困難になるといった可能性もあります。

 さらに、IPOを行って上場会社となった場合、会社法に加えて金融商品取引法の適用対象となるなど、上場会社として様々な法的なルールに従わなければならなくなります。その一例が、財務資料を含めた会社の情報開示です。毎四半期における決算や、業績予想、経営上の重要な事実が生じた場合など、様々な場面での情報開示が求められます。これらの対応のために投資家向け広報を行うIR専門の部署の整備や経理部門の拡充など、人的・時間的コストの大幅な増加は避けられません。

 そもそも、上場前の段階でも多くの費用がかかります。IPOを行う場合は多くの外部機関と連携しなければなりません。

 上場準備の段階では、主幹事証券会社の株式上場コンサルティング費用、監査法人の予備調査費用・会計監査費用、株式事務代行機関の株式事務代行委託手数料、印刷会社の印刷費用など、数え上げれば切りがありません。さらに、上場時にも上場審査料や新規上場料などの諸経費が発生します。金額は個々の会社によっても異なりますが、少なくとも数千万円が必要になると思われます。これらの負担を負いながら、上場に必要となる一定水準の利益を上げていくのは大変なことです。

 上場を果たした後も、毎年、証券取引所に支払う上場料、監査法人への報酬、株主に対するIR活動の諸経費も発生します。IPOを行って上場する場合、金銭的な点でもかなりの負担が生じることは、十分に理解しておく必要があるわけです。

IPOを目指す上での注意点

 近時、株式市場において、上場した時点の株価や業績が一番良く、それ以降はいずれも下降していくという、いわゆる「上場ゴール」の会社が非難されています。上場ゴールの原因は色々考えられますが、結局、その企業はまだ上場にふさわしくなかったということが言えると思います。

 そのような事態にならないように、上場時期や上場の条件も含めて慎重に決断する必要はあるでしょう。しかし、メリットを考えれば、上場を一つの達成目標とすること自体はなんら非難されるものではありません。

 IPOを目指して経営を行うのであれば、必ず注意しなければいけない点があります。

 その一つがコンプライアンスです。この点を無視して、何しろ利益を上げれば良いのだろうという気持ちで会社経営すれば、いざIPOを行おうとした場合に、上場審査で引っかかってしまうおそれがあります。証券取引所の審査において、その企業がコンプライアンス違反を犯していないかどうかは、大きな考慮要素となっています。

 上場審査において重要となるポイントはいくつかありますが、以下、反社会的勢力との接点の排除の問題と、IPOに向けた労務コンプライアンスの問題に焦点を絞って説明してみたいと思います。

反社会的勢力との接点の排除

 「反社会的勢力」とはいわゆる暴力団とか総会屋のようなものを指します。

 13年9月、みずほ銀行が230件以上の反社会的勢力と提携ローンを通じた2億円に上る融資取引を行っていながら、役員たちが2年以上も放置していたことが発覚しました。金融庁が業務改善命令を出し、役員が辞任や報酬減額の処分を受ける事態となりました。

 この事件で、みずほ銀行が被った損害は非常に大きいものがあります。銀行という信用性を売りにしている企業にとって、反社会的勢力とつながりがあったという評判は致命的です。

 反社会的勢力とのつながりが露見することは、企業の信用性を揺るがしかねません。従って、IPOにあたって反社会的勢力との関係を排除することは、上場審査における確認項目になっています。

 いざIPOをしようと思って、特別利害関係者、主な株主・取引先などの調査をしたら、反社会的勢力に関わりのある人や会社が明らかになるケースもあります。外見上問題ないからとか、良さそうな人だからというだけでは決して済まない話です。

 関係者の属性状況を定期的に把握するほか、問題発生時の対処方法の明確化、警察、暴力団追放運動推進センターなどとの協力関係構築といった社内体制の整備も不可欠です。

 反社会的勢力の排除として守るべきポイントは、いわゆる「暴排条例」に詳しく規定されていますが、その中でも、経営者が特に意識しておくべき3点は次の通りです。

(1)反社会的勢力に金品等の供与を行わない
(2)反社会的勢力に名義貸しを行わない
(3)契約書に反社会的勢力排除条項を規定する

労務コンプライアンス

 労務コンプライアンスとは、労働時間の管理や賃金の支払いなどといった、労務関係全般について、法令を適正に順守するということです。

 これまでも、本コーナーにおいて、雇用を巡る諸問題を取りあげてきましたが、その中でも、特に労働時間と賃金支払いの問題は、労務コンプライアンスの観点から重要です。

 「話題のブラック企業、どんな会社? 見分け方は?」(14年4月23日)で説明したように、毎年話題となっている「ブラック企業大賞」は、ブラック企業の指標として、セクハラ・パワハラ、いじめなどと並んで、長時間労働、残業代未払いを挙げています。中でも、長時間労働は喫緊の課題として国も対策に本腰を入れています。ちなみに、10月27日に発表された、15年のブラック企業大賞・ノミネート企業としては、後述の株式会社エービーシー・マートや株式会社フジオフードシステムなど、違法な長時間労働が問題となった会社が含まれています。

 このような状況の中、「ブラック企業 社名公表の影響」(15年7月8日)で取りあげたように、厚生労働省は今年5月より、企業が長時間労働で法律に違反した場合における社名公表の新基準を実施して、その防止に取り組んでいます。

 また、今年4月からは、東京・大阪の両労働局内に「過重労働撲滅特別対策班」(いわゆる「かとく」)が設置され、その立件第1号案件として、7月2日、靴の販売チェーン「ABCマート」を経営する、株式会社エービーシー・マートと労務担当取締役及び店舗責任者が、一部の店舗で従業員4人に対し月100時間前後の残業をさせていたとする、労働基準法違反の疑いで東京地検に書類送検されています。

 この労働時間管理の問題は、IPOにおける重要な障害となります。労働時間の管理を、客観的手段(タイムカード、ICカードなど)により適正に把握しているか、詳細に実労働時間を集計しているかなどを検討し、不備があれば、その体制を構築する必要があります。

 また、実態の伴わない、いわゆる「名ばかり管理職」の問題や、年俸制における残業代の問題など、確認すべき点は多岐にわたります。IPOを準備する段階では、専門家に依頼して、全労働者の未払い賃金の有無の確認調査を行い、仮に、過去2年間にさかのぼって未払い賃金が発覚した場合は、適切な手当を支払わなければなりません。勤務体制の見直しも必要となります。

 労働基準監督署から改善指導や是正勧告を受けていないかといった点もチェックされますので、IPO準備を始めてからで良いというわけではなく、改善指導や是正勧告を受けることがないよう、日々適切な労務コンプライアンスを意識することが大切です。

資本政策

 上場を目指すにあたって、他に留意すべき重要な点としては資本政策が挙げられます。

 資本政策は、株主資本に関する計画のことで、どのタイミングで誰にどのくらい株式を付与し、いくら出資してもらうかという計画のことです。

 出資という形で資金を募ることで、負債を抱えずに事業資金を獲得できるため、ベンチャー企業においては、設立初期に受けた多額の出資で後悔するというケースが後を絶ちません。

 確かに出資を受ける場合、融資とは異なり返済義務を負わずに事業資金を得られるメリットがありますが、株式(すなわち会社の経営権の一部)を渡さなければならなくなります。その結果、せっかく会社を設立しがんばったにもかかわらず、経営権が第三者のものとなってしまったり、IPOに至ったとしても創業者利益がほとんど出なかったりするといったケースがあります。

 資本政策については一度実施すると、基本的にやり直しがきかないものです。経営権の維持や資金調達ニーズ、さらには上場後の資本政策(安定株主の創出)等を踏まえて、多角的な視点から慎重に行うことが大切です。

上場できたことの満足感

 以上述べてきたように、実際にIPOを行うことになると、コンプライアンスの徹底以外にも、社内体制の整備や、株主など外部への対応といった、本業のビジネスと異なる業務が増え、金銭的な負担が発生することも事実です。

 私も、様々な企業の上場作業に弁護士として関わってきましたが、上場への道筋は決して平坦ではなく、様々な予期せぬ問題が発生し、その都度、対応しなければならず、本当に骨の折れる作業です。

 IPOに本格的に着手しても、途中で挫折することもしばしばです。それは、会社自体の抱える問題に起因するばかりではなく、たとえば、08年のリーマンショックのような外的要因もあります(09年のIPO数はわずか19件でした)。

 しかし、IPOを行うことで、さらなる会社の成長が見込め、次のステージに進めることも間違いありません。コンプライアンスの徹底を心掛け、起業家の一つの目標としてIPOを目指すことは魅力的な選択肢といえるのではないでしょうか。

 ちなみに、今年9月、私が関与するある企業が東証一部に上場したことから、取締役の方々と一緒に、東京証券取引所で鐘を鳴らしてきました。上場に伴う作業を成し遂げた満足感からか、関係者はとてもうれしそうでしたし、役員の皆さんも終始上機嫌でした。

 私は、当初、ただのセレモニーと思って軽い気持ちで臨んだのですが、途中からなんとも知れぬ高揚感に包まれているのに気がつき、自分でも意外でした。おそらく、上場というのは、メリットやデメリットの判断という計算ではない、合理性を超えた特別な魅力があり、多くの経営者の皆さんは、それに魅せられて、目標の一つに据えるのだと思います。

自分の心と直感に従う

 相談者は、IPOの決断において何を重視すべきかを聞かれていますが、それについては、相談者が引用したスティーブ・ジョブズのスピーチの一部をもって回答に代えたいと思います。ぜひ、周りの声ではなく、自分の心と直感に従って、判断していただきたいと思います。

 「あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけない。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えにおぼれるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わないのです」。

 

2015年10月28日 17時09分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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