「5年以上でパートも正社員に?」法改正の内容とは

相談者 R.Nさん

「まるで、地獄から天国だわ」。4年前、面接でこの会社に来たとき、私は文字通り、天にも昇る気持ちになりました。

東京・丸の内にある完成したばかりの30階建てのビル。ピカピカのオフィスからは皇居のお濠が見えます。昼休みや仕事帰りに銀座にショッピングに行けます。「絶対にここで働きたい」。私は面接者に必死でアピールして、採用されました。

 それ以前に働いていた通販会社のオフィスは、地下3階の穴蔵のようなスペースでした。机はパーティションで区切られ、注文客との電話応対以外は誰とも話すことはありません。深夜勤務もたびたびでした。帰宅のタクシー代は会社が出してくれるのですが、昼夜逆転の生活ですっかり体調を崩してしまいました。相場より安い時給も不満でした。それで、今の会社への転職を決めたのです。

 「この会社でずっと働きたいわ」。印鑑の朱肉をティッシュでぬぐいながら、つくづく思いました。今年6月、勤務を1年更新する契約を結んだ時のことです。この4年間、私の働きぶりが正社員より劣っていたとは思っていません。むしろ、正社員の倍は仕事をしてきたと自負しています。 

 「安定した身分の正社員になりたい」

 同じような境遇で働いている友人にそう話したところ、「5年を超えたら、正社員と同じ待遇になれるように法律が改正されたらしいよ。チャンスだよ」というのです。

 彼女によると、労働契約法という法律が改正され、今年の4月から私のように契約期間を区切られた労働契約が、繰り返し更新されて通算5年を超えた場合、正社員と同じような待遇を要求できる制度ができたらしいというのです。

 私は、その制度を利用することは可能なのでしょうか。その場合、正社員と同じような、待遇を受けられるのでしょうか。労働契約法の改正内容について教えていただけますか。(最近の事例を参考に創作したフィクションです)。

回答


5年以上働けばパートでも正社員に!?

 有期労働契約の反復更新の下で生じる「雇止め」(更新拒否)に対する不安を解消し、働く人が安心して働き続けることができるようにするため、平成24年8月10日、労働契約法が改正・公布されて、有期労働契約の適正な利用のためのルールが整備されました。

 幾つか重要な改正ポイントがあるのですが、中でも、本年4月1日から施行された「無期労働契約への転換」という制度が話題を集めています。「5年以上働けばパートでも正社員に」という類いの扇情的な見出しが、メディアなどで大きく取りあげられて、ご存じの方も多いと思います。

 後で詳しく解説しますが、この制度は、従来、月や年ごとに契約更新を繰り返してきた、契約社員、嘱託社員、パート、アルバイトといった「有期労働契約」の労働者が、反復更新されて通算5年を超えたときには、労働者からの申し込みによって、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるという内容であり、ちまたで言われているように、「正社員」になれるというわけではありません。また、上記「通算5年」とは、あくまでも、本年4月1日以降に開始した有期労働契約の通算契約期間が5年を超える場合であり、実際に有期労働契約から無期労働契約に切り替わるのは、最短でも、平成30年4月ということになります。

 そういう意味では、ご相談者の場合には、まだこれから5年待たないとなりませんし、その際にも、正社員と同じ待遇を得られるわけでもありません。この点、世間では多少誤解もあるようなので、ご説明していきたいと思います。

無期労働契約への転換

 厚生労働省労働基準局が、東日本大震災後である平成23年に実施した有期労働契約に関する実態調査(事業所調査)の報告書によると、契約社員やパート、アルバイト等の有期契約労働者を雇用している事業者割合は35.2%、常用労働者に占める有期契約労働者の割合は22.5%となっており、推計で約1200万人がご相談者と同じような有期契約労働者であるとされています。

 従来、有期契約労働者の地位の不安定さが問題とされてきており、働く人が安心して働き続けることができる環境を整える必要が指摘され続けてきました。このような背景の下、平成24年8月10日、「労働契約法の一部を改正する法律」が公布され、有期労働契約について、新たに三つのルールが規定されました。そのうちの一つが、ご相談者の指摘する「無期労働契約への転換」と言われるものです。

 具体的には、1年契約、6か月契約等の有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えた場合、無期労働契約に転換できるようになりました(いわゆる「5年ルール」)。対象は、契約社員やパート、アルバイト、派遣、嘱託などの有期契約労働者となります。例えば、1年契約を繰り返して更新しているケースなら、5回目の更新後(6年目の有期労働契約期間中)に無期転換の権利が発生します。3年契約を繰り返して更新しているケースなら、1回目の更新後(4年目から6年目までの有期労働契約期間中)に無期転換の権利が発生することになります(この場合、5年経過前に権利が発生することに注意が必要です)。

 そして、契約期間中に労働者が申し込めば、契約期間終了後に無期労働契約に切り替わることになります。ただ、前述のように、この制度は本年4月以降に結ばれた有期労働契約に適用されるのであり、その前に開始した有期労働契約は通算契約期間に含めないため、5年ルールで無期転換する人が現れるのは、最短でも平成30年4月以降となります。この申し込みをすると、使用者が申し込みを承諾したものとみなされ、無期労働契約がその時点で成立します。そして、無期労働契約に転換されるのは、申し込み時点の有期労働契約が終了する翌日からとなります。

簡単には解雇されない立場になる

 無期転換されることの最大の意義は、無期労働契約が成立することによって、使用者が雇用を終了させようとする場合には、無期労働契約を解約(解雇)する必要があるという点にあります。このため、解約(解雇)に、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合」には、解約(解雇)は権利濫用らんように該当するものとして無効となるのです。

 つまり、正社員と同様に、理由のない不当な解雇から守られるというわけです。日本では、企業が正社員を解雇することは容易ではなく、その条件緩和が、アベノミクスにおける構造改革のテーマの一つともなっていますが、無期労働契約になれば、従来のように、契約期間が終了すれば簡単に職場を追われてしまう不安定な立場から、容易に辞めさせられることのない安定した立場になるわけですので、労働者にとっては朗報と言えます。

 ただし、「正社員」と同じ待遇を得られるわけではない点は注意が必要です。無期労働契約に転換した場合、その労働条件(職務、勤務地、賃金、労働時間など)は、別段の定めがない限り、直前の有期労働契約と同一となります。この別段の定めとは、労働協約、就業規則、個々の労働契約(無期転換に当たり労働条件を変更することについての労働者と使用者との個別の合意)などが挙げられます。もちろん、別段の定めをすることによって、労働条件を変更することは可能です。

契約がない期間が途中にある場合など

 無期転換の5年ルールを骨抜きにしないため、無期転換の申し込みをしないことを有期労働契約の更新の条件にしたりするなど、あらかじめ労働者に無期転換申込権を放棄させることはできないと解されています(申込権を放棄する意思表示は無効と解されます)。

 また、通算契約期間の計算については、1年以上の有期労働契約と、その次の1年以上の有期労働契約の間に、契約がない期間があるとしても、その長さが6か月未満の場合には、前後の有期労働契約を通算できます。つまり、企業が、無期転換ルールを免れようと、わずかな期間だけ契約をせず、一定の空白期間を設けるといった手段をとっても意味がないということです。

 一方、契約がない期間が6か月以上あるときは、その空白期間より前の有期労働契約は、通算契約期間に含めないことになっています(これをクーリングといいます)。この空白期間は、1年未満の有期労働契約の場合は、その2分の1以上の空白期間があれば、それ以前の有期労働契約は通算契約期間に含めないということなっています。

多くの企業は無期労働契約への転換を受け入れへ

 前述のように、この新しい制度が適用されるのは、施行された本年4月1日以降の契約分からとなります。さきほどご説明したように、ご相談者のように、これまで契約を更新し続けてきた人であっても、実際に有期労働契約から無期労働契約に切り替えることができるようになるのは、最短でも平成30年4月ということになります。 

 一見良い制度に見えますが、企業によっては、無期労働契約の労働者を抱え込みたくないため、このような制度がない場合なら、そのまま契約を継続していくつもりであった労働者について、5年間到達前に契約期間満了で雇用を終了させてしまう可能性もあります。仮にそのようなことになれば、本来ならば働き続けられた人が、逆に、この法改正によって、契約が更新されなくなる可能性も出て来るわけです。

 ご相談者のように、職場環境を気に入っており、契約社員としてであっても長期間働くつもりの人が、逆に、平成30年までに契約更新されなくなることを危惧しなければならないという側面もあるわけです。

 ただ、企業側としても、無期転換を恐れて、有能な人材を失うのでは本末転倒であることは十分理解しています。厚生労働省埼玉労働局が、今年3月29日に発表した、企業の労務担当者を対象に実施した改正労働契約法に関するアンケートによると、最も多かった対応は「労働者からの申入れの段階で、無期労働契約に転換」(42.4%)であり、労働者の適正をみながら5年を超える前に無期労働契約に」(12.9%)をあわせると過半数を占めており、「有期労働契約が通算5年を超えないように運用」(22.3%)を大幅に上回っています。

 このアンケート結果を素直に受け入れれば、ご相談者もそれほど心配する必要がないと言えるかもしれません。とはいえ、「他社の動向を見ながら検討する」という回答も23%あり、今後の経済状況等によって、法改正の意図が実現できるかどうかが決まってくると思われます。

通算契約期間が5年を超える前に更新を拒否されたら

 有期労働契約は、使用者が更新を拒否したときは、契約期間の満了により雇用が終了してしまうことになり、有期契約労働者の地位は不安定でした。このような使用者の「雇止め」については、最高裁判例によって、一定の場合に無効とする「雇止め法理」が確立していましたが、今回の改正では、判例上確立していた雇止め法理の内容や適用範囲を変更することなく、労働契約法に条文化しています(いわゆる「雇止め法理」の法定化)。

 従って、ご相談者としては、通算契約期間が5年を超える前に更新を拒否された場合であっても、次に述べるような要件に該当する場合には、不当な雇止めである旨を主張して、契約の更新を主張することも考えられます。この主張が認められれば、従前と同一の労働条件で、有期労働契約が更新されたことになります。

雇止めを巡る裁判例

 次に紹介するのが雇止め法理として確立化されていた二つの判例です。

 【最高裁判所昭和49年7月22日判決(東芝柳町工場事件)】

 本件は、東芝に、いずれも臨時工として入社し、契約期間2か月と記載した臨時工労働契約を締結した臨時工らが、その後、契約更新を繰り返し、5回ないし23回に及んでいるケースで、会社が、それぞれ契約期間満了日をもって、契約更新を拒絶し、期間満了後の就労を拒否した事案です。最高裁判所は、本件につき次のように判示しました。

 「本件各労働契約においては、上告会社としても景気変動等の原因による労働力の過剰状態を生じないかぎり契約が継続することを予定していたものであって、実質において、当事者双方とも、期間は一応2か月と定められてはいるが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するのが相当であり、したがって、本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず、本件各雇止めの意思表示は右のような契約を終了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたる、とするのであり、また、そうである以上、本件各雇止めの効力の判断にあたっては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきであるとするものであることが明らかである。」

 【最高裁判所昭和61年12月4日判決(日立メディコ事件)】

 本件も上記判例と同様、工場の臨時員として雇用された者が、期間2か月の労働契約を5回にわたり更新してきたところ、不況やドルショックの影響による人員削減計画の一環として、契約期間満了をもって雇止めとすることにした事案です。最高裁判所は、本件につき、次のように判示しました。

 「原判決は、本件雇止めの効力を判断するに当たって、次のとおり判示している。(1)柏工場の臨時員は、季節的労務や特定物の製作のような臨時的作業のために雇用されるものではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、上告人(注:雇止めされた労働者)との間においても5回にわたり契約が更新されているのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めにするに当たっては、解雇に関する法理が類推され、解雇であれば解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解せられる。(2)しかし、右臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするものである以上、雇止めの効力を判断すべき基準は、いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結しているいわゆる本工を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきである。(3)したがって、後記のとおり独立採算制がとられている被上告人(注:日立メディコ社)の柏工場において、事業上やむを得ない理由により人員削減をする必要があり、その余剰人員を他の事業部門へ配置転換する余地もなく、臨時員全員の雇止めが必要であると判断される場合には、これに先立ち、期間の定めなく雇用されている従業員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らなかったとしても、それをもって不当・不合理であるということはできず、右希望退職者の募集に先立ち臨時員の雇止めが行われてもやむを得ないというべきである。原判決の右判断は、本件労働契約に関する前示の事実関係の下において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」

法定化された雇止め法理の内容

 これらの確立された裁判例に基づき、この雇止め法理の対象となる有期労働契約は、次のいずれかに該当するものとなります(両方ではありません)。

 (1) 過去に反復更新された有期労働契約で、その雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められるもの。

 (2) 労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められるもの。なお、この合理的な理由の有無については、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までにおけるあらゆる事情が総合的に勘案されることになります。

 そして、上記(1)(2)のいずれかに該当する場合に、「使用者が雇止めをすることが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」は、雇止めが認められず、従前と同一の労働条件で有期労働契約が更新されることになります。

 なお、雇止め法理が適用されるためには、労働者からの有期労働契約の更新の申し込みが必要となりますが、それほど厳格なものではありません。契約期間満了後でも遅滞なく申し込みをすれば、雇止め法理が適用されることになりますし、使用者による雇止めの意思表示に対して、「嫌だ、困る」と言うなど、労働者による何らかの反対の意思表示が使用者に伝わるものでもかまいません。

不合理な労働条件の禁止

 最後に、今回の労働契約法の改正では、有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を設けることを禁止する条項も規定されたのでご紹介しておきます。

 対象となる労働条件は、一切の労働条件で、賃金や労働時間等の狭義の労働条件だけでなく、労働契約の内容となっている災害補償、服務規律、教育訓練、付随義務、福利厚生など、労働者に対する一切の待遇が含まれます。

 実際に、契約期間の定めの有無によって労働条件の相違がある場合に、それが不合理と認められるか否かは、(1)職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)(2)当該職務の内容及び配置の変更の範囲(3)その他の事情、を考慮して、個々の労働条件ごとに判断されます。特に、通勤手当、食堂の利用、安全管理などについて労働条件を相違させることは、これら(1)から(3)を考慮して、特段の理由がない限り、合理的とは認められないとされます。

 なお、不合理な労働条件が設定されていた場合、不法行為として、損害賠償請求の対象となりますのでこの点も注意が必要です。

2013年07月10日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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