万引き犯人の顔写真公開、何がいけないの?

相談者 T.Tさん

 私は、都内で小さな本屋を営んでいます。先日、ある有名な小売店が、27万円もする高額商品を万引きした犯人に対して、商品を直ちに返品しなければ、監視カメラに映っていた顔も含んだ画像を公開すると警告したことがニュースで流れ、思わず見入ってしまいました。

 親から店を継いで30年。近所の人たちが気軽に立ち寄れる店だったのですが、近年の万引き増加には頭を痛めています。昔は万引きをした子に説教をしただけでしおらしくなったものですが、最近は分別があるはずの大人も万引きをしますし、罪の意識もまったくなく、中にはゲーム感覚で万引きをする人もいるようです。本1冊ぐらいたいした金額ではないと思っているかもしれませんが、多い月で被害額は10万円にも上ります。うちのような店には死活問題で、悔しくて夜眠れないこともあります。やむなく防犯カメラを設置しました。

 結局、有名小売店のケースは、警察から、捜査に支障が生じるとの要請があり、画像公開は中止となったようですが、その後すぐに容疑者が逮捕されました。店が強い態度に出たことが早期逮捕につながったのだと思い、私は心の中で拍手を送りました。

 万引きといっても立派な犯罪であり、到底許されるものではありません。今回、万引きした犯人の画像を公開することについて賛否両論が出たようですが、なぜ、窃盗犯人の画像を公開してはいけないのでしょうか。よく警察署には指名手配の犯人の顔写真が貼られていますが、あれと何が違うのか分かりません。今回の騒動の問題点を教えてくれますか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

(回答)

まんだらけの写真公開騒動

 漫画や関連グッズなどの中古品を販売し、オタク文化の発信基地としても知られている東京・中野の「まんだらけ」が、今年8月5日、中野店から鉄人28号のブリキ製フィギュア(販売価格27万円)を万引きした犯人が映っているとする、監視カメラの画像を顔の部分にモザイクをかけてインターネットのホームページ上に掲載するとともに、同月12日までにフィギュアを返却しなければ、モザイクを外して公開するとの警告文を掲載したことが大きな議論を呼びました。

 「万引きは警察も捜査してくれない。まんだらけがやったことを支持する」といった意見もあれば、「法律を守れ」「警察に相談しろ」「間違いだったらどうするんだ」といった批判的意見もあり、メディアでも話題になりました。ただ、盗まれた物を取り返すため監視カメラに映っていた画像を公開するという行動は、心情的に理解できるところもあり、現に、まんだらけに寄せられたメールの多くは公開に賛成するものであったとのことです。Yahoo!が8月11日から21日にかけて行った「万引き犯に『顔公開する』と警告、どう思う?」というアンケートにおいても、35万5405票の回答のうち、「やりすぎだと思う」との回答が2万502票(5.8%)であったのに対し、「妥当だと思う」との回答は32万3697票(91.1%)にのぼり、一般的な社会の声も、店の行動に賛意を表しています。

 結局この騒動は、警視庁からの「捜査に支障が出る恐れがある」との要請を受け、まんだらけが期限直前に公開を中止し、その後すぐに容疑者も逮捕されたことから、社会に問題提起をするだけに終わりました。ただ、この事件に触発されてか、滋賀県のゲームセンターで、ゲーム機を蹴りつけたとして、中学生とみられる少年らの写真と警告文を店頭に掲示する業者が現れるなど、写真開示による警告行為が、迷惑行為全般への対策として社会的に是認されそうな状況も出てきています。

 今回は、まんだらけのような対応が、法的にはどのように評価されるのかについて説明していきたいと思います。

ネット上での「見せしめ」は前からあった

 今回、まんだらけの事件は、著名企業が関与したということで、社会的に大きな問題になりましたが、実は、ネット上で、対象者の顔写真などを明示した形での「見せしめ」「責任追及」といった行為は以前から頻繁に起きています。そのような活動を行っている人々のことを「ネット自警団」などと呼ぶこともあり、ウィキペディアによる定義では、「インターネット上に犯罪行為と思われる行為や問題とされる行為の画像などが投稿された場合(炎上)、投稿者に激しい個人攻撃を加えたり、その投稿者の個人情報を暴露したり、投稿者の関係する機関に通報したりする者」とされています。

 本連載「SNSを使った『バイトテロ』、どう対応?」(2013年10月9日)でも紹介したように、SNS不祥事は、11年1月に発生したウェスティンホテル事件を皮切りに非常に多く発生していますが、それらの事件では、ほぼ例外なく、ネット上で、発信者(とされる者)の顔写真はもちろん、その他の様々なプライバシー情報までもがさらされており、それをネット検索で容易に見つけ出すことができます。

 今回のまんだらけによる行動は、被害者による権利回復のための行動であり、また対象者が何らかの不適切な発信を行って炎上などに発展した結果ではないという点で上記事象とは異なるものの、ホームページ上に万引き犯人と思われる人物の写真が公開されたわけであり、ネット上で蔓延まんえんする、私人が私人に対して行う「見せしめ」「責任追及」といった事案の延長線上にある出来事と理解できると思われます。

自力救済禁止の原則

 まんだらけの事件が話題になった際に、メディアによく出てきたのが「自力救済」という用語です。これは、「何らかの権利を侵害された者が、司法手続きによらず実力をもって権利回復をはたすこと」を意味するものであり、日本では原則として禁止されています。つまり、自己の権利といえども自力で実現してはいけないということです。

 典型的な例としては、貸したお金を直接自らの力で強制的に取り立てたり、盗まれた自転車を発見しその自転車を自ら奪い返したり、自己の所有地に無断で建てられた小屋を実力で撤去したりすることなどを挙げることができます。物を盗まれた場合でも、自力で取り返すのではなく、訴訟などの公的手段によらなければならないということです。

 なぜ自分の物を自らの手で取り返してはいけないのか、と疑問に思う人もいると思いますが、自力救済が禁止されているのは、現代では裁判やその他の公的手段によって私人の権利を実現し保護する仕組みが整備されており、自力救済の必要がないことや、私人の実力による権利の実現を認めると社会秩序や平和が保たれなくなるから(力が正義であるという風潮や、権利回復を請け負う者による実力行使がはびこるなどとも言われています)とされています。

 ちなみに、民法には自力救済の禁止を規定する条文はありませんが、民法には占有訴権(民法第197条~第202条)という制度が規定されています。やや専門的な話になりますが、占有とは、ある物を自己のために支配していることを指し、いったん占有した(自己の支配下に置いた)以上、占有権という権利が与えられるのですが、占有者が占有する物を他人(物の所有者も含まれます)に奪われた時は、訴訟を提起して物の返還および損害賠償を請求することができると規定しているのです。この占有訴権という制度は、「自己の権利といえども自力で実現してはならない」という前提に立脚しているものと考えられているわけです。

最高裁判所の判断

 最高裁判所は、「私力の行使は原則として法の禁止するところであるが、法律の定める手続きによったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる場合においてのみ、その必要を超えない範囲内で、例外的に許される」と判示して(昭和40年12月7日)、自力救済を原則禁止とした上で、その認められる範囲を著しく制限しています。

 判例上、私力による権利の実現が自力救済として許されるとした例としては、<1>契約で定めた使用目的とは異なる方法で賃借物件を使用しようとして、建物の構造上、その保存や他の賃借人の建物使用に重大な影響を与えるおそれを生じさせた賃借人に対し、賃貸人が、賃借人が設置した看板等に目隠しなどを設置した使用妨害行為を違法性がないとした例(東京高等裁判所・昭和41年9月26日判決)、<2>多額の未払賃料があり、賃借人が貸室での営業も中止し所在不明であったため、賃貸人が保安上の不安を感じて、許可なく建物内に立入ることを禁止した告知書を掲示した上で、ドアの鍵を換えた行為を、賃貸人の権利確保措置として不法行為を構成しないとした例(東京高等裁判所・昭和51年9月28日判決)、<3>賃借人が、再三の警告にもかかわらず、アパートの廊下に無断で荷物を置いていたため、賃貸人が賃借人の荷物を撤去した行為を、撤去された荷物の価値の乏しさと量の少なさなども勘案して、社会通念上許容されるとした例(横浜地方裁判所・昭和63年2月4日判決)などがありますが、極めて例外的に認められるものと考えられています。いずれも、その程度のことまで、自ら実行しても良いかどうかで法的に問題になるのかと思われる方もいると思いますが、これが法の世界の現実です。最近は、家主(管理会社)や賃料保証会社などが、長期間不在となっている借り主や、長期間家賃滞納している借り主などに対し、部屋に無断立ち入りし残置物を撤去して事実上退去させたり、鍵交換をしたりする事案などが、違法な自力救済として、裁判で責任を問われたりしています(東京地方裁判所・平成24年9月7日判決、同平成23年2月21日、同平成22年10月15日他)。

 本件の場合も、万引きされた物を取り戻すという自己の権利を実現するためには、警察の捜査という公的手段により実現することが原則となるわけですが、今回のまんだらけの行為は、監視カメラに映っていた画像を公開することで、自ら商品を取り戻そうという行為であって、この自力救済の禁止という大原則に抵触する恐れが、識者などから指摘されたわけです。

具体的には民事・刑事のどの規定に抵触するのか

 自力救済の禁止という大原則についての説明はここまでとして、具体的には、今回のまんだらけの行動は、民事・刑事のどのような規定に抵触する可能性があるのでしょうか。

刑事上の責任(名誉毀損罪)

 監視カメラの画像をモザイクなしに窃盗犯としてインターネットのホームページ上に掲載する行為は、名誉毀損きそん罪(刑法230条1項)に該当する可能性があります。名誉毀損罪における「名誉」とは、「人に対する社会一般の評価」であり、裁判所も「何人とえども、法律の保護により自己の有する社会的評価又は価値を、みだりに他人によりて侵害せられざる利益を有するものなれば、……法律に違反せる行為を為したる者に対しても法律上の保護なしと謂うべからず」としています(大審判・昭和8年9月6日判決)。つまり、「万引き」すなわち窃盗罪(刑法235条)に該当する行為を行った者であっても、その者の名誉は保護されるわけです。

 従って、本件においても、万引きの犯人として監視カメラの画像を公開することによって、当該人物に対する社会一般の評価を下げたとして、名誉毀損罪となる可能性は否定できないことになります。ただし、名誉毀損罪には公共の利害に関する場合の特例が規定されています(刑法230条の2)。すなわち、<1>公共の利害に関する事実であること、<2>目的が専ら公益を図ることにあったこと、<3>摘示した事実が真実であることの証明があったときには、名誉毀損罪は成立しないとされています。

 本件ケースでは、「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす」(同条2項)とされていることから、「公共の利害に関する事実であること」という要件は充足しそうです。また、監視カメラの画像に映った人物が万引きの犯人であることが証明されれば、「摘示した事実が真実であることの証明があったとき」の要件も充足することとなります。問題は、「目的が専ら公益を図ることにあったこと」という要件です。まんだらけが監視カメラの画像をモザイクなしに窃盗犯としてインターネットのホームページ上に掲載する目的は、犯人を判明させて司法手続きに服させるといった公益目的があると考えることもできるでしょうが、他方、盗まれた自分の物を自ら取り戻すといった側面(前述のように、禁止されている自力救済に該当する恐れがあります)や、画像を公開することによって私的な制裁を加えるといった側面もあり、その点をどのように考えるかによって結論に影響が出てきそうです。

 なお、相談者の指摘している、警察署に指名手配犯人の顔写真が貼られているのと本件との違いは、公益目的かどうかということかと思います。警察署が、指名手配している犯人の顔写真を公開する目的は、自分の物を取り戻すとか私的制裁のためではなく、専ら犯人を特定して司法手続きに服させるという公益目的によるものである点が本件とは異なるわけです。

刑事上の責任(脅迫罪、恐喝罪)

 さらに、監視カメラに映っていた画像を公開するという警告文をインターネットのホームページに掲載した行為は、脅迫罪(刑法第222条1項)や恐喝未遂罪(刑法第250条、第249条1項)に問われる可能性があります。

 刑法第222条1項は、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」と規定しており、名誉に対して害を加える旨を告知して脅迫した場合にも脅迫罪が成立することになります。脅迫罪における「脅迫」とは、他人を畏怖いふさせる意思で、他人を畏怖させるおそれのある害悪を加える旨を告知することを意味し、たとえ害悪の発生を望まず、またその他人に畏怖心を生じさせなかったとしても脅迫罪は成立します。本件における行為は、他人の名誉に対して畏怖させるおそれのある害悪を加える旨を告知しているとして、脅迫罪が成立する可能性があると考えられます。

 また、刑法第249条1項は、「人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する」と規定しています。「恐喝」とは、脅迫または暴行を手段として、その反抗を抑圧するに足りない程度に相手方を畏怖させ、財物の交付を要求することをいいます。本件の場合も、脅迫し相手方を畏怖させ、ブリキ製フィギュアという財物の交付を要求しています。この点、自己の所有物の返還を要求する場合にも恐喝罪に問われるかが問題となり得ますが、上述のとおり、自力救済は原則として禁止されていることから、判例も「他人に対し権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であって、つその方法が社会通念上一般に、忍容すべきものと認められる程度を越えないかぎり、なんら違法の問題を生じないけれども、右の範囲又は程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪又は脅迫罪の成立することがあると解するのを相当とする」(最高裁・昭和27年5月20日判決)としており、正当な権利行使であっても恐喝罪などが成立する可能性を認めています。なお、本件においては、警告文を掲載したのみで物の返還を受けておらず、財物を交付させてはおりませんので、恐喝罪が成立するとしても未遂となります。

民事責任

 民事上の責任はどうでしょうか。上述のとおり、画像の公開は、犯罪としての名誉毀損罪に問われる可能性がありますが、民事上の名誉毀損として不法行為責任(民法第709条)を問われ、損害賠償請求される可能性もあります。また、プライバシー権や肖像権侵害としての不法行為責任を問われ、同様に、損害賠償請求される可能性もあります。肖像権とは、個人のプライバシー保護の一環として承諾なしに濫りに容姿等を撮影や公表されたりして使わせない人格的権利です。本件の場合、画像に映った万引き犯人につき承諾を得ないで、インターネットのホームページに画像を公開することになるので、肖像権侵害を主張される可能性があるわけです。

 また、警告文の掲載について、脅迫によって精神的な損害を被ったとして、不法行為責任を問われ、損害賠償請求される可能性なども考えられます。

写真公開しても法的責任は問われなかった?

 冒頭でも説明しましたように、まんだらけは、警視庁の要請に従って画像の公開を中止したわけですが、まんだらけの警告文掲載や画像の公開には刑事上・民事上の様々な責任を問われる可能性が理論上はあるわけです。しかし、あくまで理論上の可能性があるというだけで、必ず刑事責任を追及されたり、民事責任が訴訟で認められたりするというわけではありません。実際、警告文の掲載はなされたわけですが、現在までのところ、まんだらけが脅迫罪や恐喝未遂罪で刑事責任を追及されたという報道はありませんし、仮に画像の公開が実際にされていたとしても、名誉毀損罪で捜査されたり起訴されたりするような事態になったかは何とも言えません。

 以前、ある書店で、防犯カメラで撮影した少年たちが店内で万引きしている映像をビデオに収録し、法務局や警察署の販売中止の要請にも拘らず販売したという事案もあったようですが、そのような行為が刑事・民事の責任を問われたというような報道はなく、警察も冒頭に指摘した、世論の動向などに配慮して対応していると言えるのかもしれません。

万引き被害の実態

 まんだらけの事案の法的評価の問題は別として、私たちが、今考えなければならないのは、なぜ、今回このように刑事責任や民事責任を追及されかねない行為が行われたのかという、小売店を巡る背景事情と思います。まんだらけとしては、専門家の意見を聞いて、上記のような法的リスクや批判を受ける事も十分考慮した上で、今回の措置に踏み込んだようであり、上場企業でもある同社がここまでやらなければならなかった事情、つまり、小売店経営を圧迫するほどの規模になっている万引き被害の実態です。 

 警察庁の犯罪統計資料によれば、2013年の万引きの認知件数は12万6386件に上っており、検挙人数は8万9910人で検挙率は71.1%となっています。その被害金額は、NPO法人である全国万引犯罪防止機構が行った「2013年度 全国万引被害実態調査」によると、全国550社から回答が寄せられ、推定万引き被害額は837億円にも上るとされています。平成20年に日本出版インフラセンターによって行われた「書店万引き調査」では、書店の売上高対経常利益率の総平均は0.6%と極めて低い状況の中、万引きによるロス率は1.41%と推計されており、万引きによる経営への影響は極めて大きいとされています。

 私は仕事柄もあり、毎月、多くの書籍を購入していますが、以前に比べると、リアルの書店より、アマゾンのようなネット書店で多くを購入している気がします。もちろん、重い本をたくさん持って自宅まで帰るのは大変ですし、法律関連書籍などは町の小さな書店には置いていないという事情もありますが、町の書店が近時激減していることも大きな理由の一つにあげられると思います。ある統計では、07年の書店数は1万7098店と、01年と比べて3841店、22%も減少していると報告されています。近所の書店で目的もなく本を探したり、そこで出会った新しい本を近くのカフェでゆっくりと味わったりするような機会が確実に減っているわけです。

 このような書店の危機的な状況を考えると、苦肉の策として、まんだらけのような手段を取ることを一概に非難できないとも思われます。今回の事件で、中小書店の経営者への方々がインタビューを受けているのをメディアで何度も見ましたが、万引きのように一件一件の被害額が小さい案件では、現行犯でもない限り警察が真剣に取りあげてくれないとか、警察での手続きに時間を取られることを嫌って警察に被害届を出さないケースも多いなどと、現状への不満を述べていました。自力救済が横行するような社会が決して望ましくないことは言うまでもないのであって、国や警察には、今回の事件を契機に、万引きについてより効果的な施策を打ち出すようにお願いしたいところです。

 

2014年09月10日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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