マタニティー・ハラスメントに関わる最高裁判決の意義

相談者 AAさん(34)

 私は本コーナー(2014年3月26日)で以前、ご相談した者です。その後、ここで教わったことを会社のCCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)に伝え、善処を求めました。

 その方はマタニティー・ハラスメント(マタハラ)問題についてよく理解されていました。その結果、私にマタハラ行為を行った上司には別の部署への異動辞令が出され、私は無事に育児休業から復帰できました。今は前と同じ部署、同じ地位でバリバリ働いています。会社では私の問題を契機に、定期的にマタハラの研修が開催されるようになり、全社的にも働く女性を活用するという機運がようやく出てきました。

 今はフェイスブック社のシェリル・サンドバーグさんに少しでも近づこうと、子育てと仕事を両立させるべく、頑張っています。とはいえ、私の大学時代の友人などとたまに会うと、マタハラに対する企業の認識は低いままだと感じることが多々あります。私の場合は幸い、会社側が理解しきちんと対応してくれましたが、必ずしもそういったケースばかりではなく、泣く泣く退社したり、契約社員になったりする友人もいます。

 そうした中、昨年10月、最高裁がマタハラについて画期的な判断をしたことを新聞で知りました。そのときには、我がことのよううれしくて思わず涙がこぼれました。

 その判決は、妊娠を理由にした降格について、本人の承諾や特段の事情がない限り無効であるという判断のようですが、これを契機に社会全体において、この問題に関する意識が大きく変わってきた印象を持っています。

 その後、国も最高裁の判断を踏まえた新たな通達を出すなど、積極的に取り組み始めたようです。安倍総理が掲げる成長戦略でも、「女性の活躍」が一気に国の重要課題として取りあげられ、働く女性に追い風が吹き始めた気がします。

 今後、同様の立場にある友人たちにアドバイスしたいので、今回の裁判所の判断や、その後の国の動きなどについて教えて頂けますか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

 

(回答)

最高裁判所によるマタハラに関する画期的判断

 昨年3月、本コーナーにおいて、当時徐々に話題にのぼるようになっていたマタハラ(マタニティー・ハラスメント)に関する解説を行った際には、大きな反響があり、フェイスブックでも多数の方に「おすすめ」をしていただきました。その後、様々なメディアでマタハラに関する話題を見かけるようになりました。

 そういった中、昨年10月23日にマタハラに関して、最高裁判所の画期的判断が出て、相談者も指摘するように新聞などでも大きく取りあげられました。「妊娠で降格 原則違法」「マタハラ 最高裁が初判断」「妊娠 合意ない降格無効」「女性の活躍を後押し」といった各紙の見出しを覚えている方も多いと思います。

 読売新聞の社説では「事業者に意識改革迫る最高裁」と題して、この判決の意義を「妊娠や出産をした女性に嫌がらせをしたり、退職を迫ったりする『マタニティー・ハラスメント』の抑止に向け、事業者に意識改革を迫る司法判断である」と評しています。

国の対策も進む

 ただ、その後の10月31日に読売新聞に出た記事では、「マタハラ 頼れぬ労働局」という見出しで、問題解決のために全国の労働局で行われている「紛争解決援助」や「是正指導」の実績が低迷していることを取りあげています。セクハラなどと異なり、国の対策が十分に追いついていない状況を指摘したわけです。

 特にマタハラを巡る紛争では、女性が被害を受けたと主張しても、雇用主からは能力不足や経営状況の悪化が理由などと反論され、妊娠を理由とした不利益取扱いであるとの因果関係を証明することが難しいとの指摘がありました。

 そこで、厚生労働省は今年1月、「男女雇用機会均等法」と「育児・介護休業法」に関する新たな解釈通達を出して、妊娠・出産と「時期的に近接して」解雇・降格などの不利益な取扱いがあれば、原則違法とする旨を明確にしました。

この解釈通達の末尾には次のように明記されています。

 「労働者からの相談、第三者からの情報、計画的事業場訪問等その端緒を問わず、男女雇用機会均等法違反、育児・介護休業法違反や当該事業場の雇用管理に問題があると考えられる場合は、……積極的に事業主に対して報告を求め、又は助言、指導しくは勧告を実施されたい」

 さらに3月には、時期的に近接しているか否かの判断基準について、原則として「1年以内」であれば該当するとの判断を明示しています。

 このように、最高裁判所の判断を契機として、現在、国のマタハラ対策が急速に進んでいますので、その判断の内容を説明するとともに、国の対策の内容についても紹介したいと思います。

最高裁判所判決の事案の概要

 最高裁判所で判決が出された事案は、広島の病院で管理職(副主任)だった女性理学療法士が、労働基準法65条3項(同条項は、母性保護の目的から「使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない」と規定しています)に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して、副主任を免ぜられ(措置1)、育児休業の終了後も副主任に任ぜられませんでした(措置2)。このため女性は病院に対して、これらの措置が男女雇用機会均等法(均等法)9条3項に違反するとして、降格の無効、管理職手当の支払い、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求したというものです。

 なお、均等法9条3項は、以下のように規定しています。

 「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規程による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない」

 つまり、「他の軽易な業務に転換したこと」は、「厚生労働省令で定めるもの」に該当することから、本条項により、使用者は妊娠中の女性が軽易な業務に転換したことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないことになります。

第1審判決(広島地方裁判所・平成24年2月23日判決)

 第1審の広島地方裁判所は、「措置1」の副主任から降格したことについて、次のように認定しました。

 「被告において、原告の妊娠に伴う軽易な業務への転換請求を契機に、これに配慮しつつ、原告の同意を得た上で、事業主である被告の業務遂行・管理運営上、人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行ったものと認められ、原告の妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって、その裁量権を逸脱して、均等法や均等法告示にいう不利益な取扱いをしたものとまでは認め難い」

 また、「措置2」の育児休業からの復職時に副主任に戻さなかったことについても、「原告が第2子出産から職場復帰するに際し、原告の希望(勤務先と保育所との距離関係等)を聞くなどして、その復帰先について慎重に検討がされた上で、内定した復帰先に既に副主任がいたこと等の事情が考慮され、被告において、業務遂行・管理運営上、人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行ったものと認められ、妊娠又は出産に関する事由のみによって、また、育児休業をしたことのみによって、その裁量権を逸脱して、均等法や育児・介護休業法に反する不利益な取扱いをしたものとまでは認めることはできない」として、原告の請求を認めませんでした。

控訴審判決(広島高等裁判所・平成24年7月19日判決)

 控訴審の広島高等裁判所は「管理職たる職位の任免は、管理職の配置という経営判断を要する事項であるから、人事権の行使として、使用者の広範な裁量に委ねられてい」るとした上で、次のように認定しています。

 控訴人に対し副主任という管理職に区分される職位を免ずるという「措置1」は、「原告の妊娠に伴う他の軽易な業務への転換の請求を契機になされたものである」ものの、本件病院の「リハビリテーション科にはAが主任としていて、副主任を置く必要がなかったからであり、控訴人もこのことを同意していたものと評価される」として、「本件措置1が、均等法9条3項に違反するということはできず、人事権の濫用らんようにあたるということもできない」としました。

 「措置2」についても、「被控訴人において、原告の復帰先を複数検討するうち、原告が配置されるなら自分はやめるという理学療法士が2人いる職場があるなど復帰先がしぼられる一方で、原告の希望を聞いた上で決定されたものである上、原告が妊娠による軽易業務転換前に配置されていた部署であったのであ」ったとしました。

 さらに「Fステーション(注:職場の部署名です)には既に副主任としてBが配置されていたのであり、原告を副主任に任ずる必要がなかったのである」と認定しました。このため、育児休業からの復職時に「副主任の地位につけなかった本件措置2が、均等法9条3項、育児・介護休業法10条に違反するということはできず、また、人事権の濫用にあたるということもできない」として、控訴を棄却しています。

最高裁判所・平成26年10月23日判決

妊娠中の軽易業務への転換を契機とした降格は原則禁止

 これに対して、最高裁判所はまず、「一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、……均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解される」として、妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させることは原則として禁止されるとしました。

ただし、2つの例外の存在を認める

 その上で、次のような例外が許されることもあるとしました。

 「当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である」

 つまり、(1)女性の自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき(2)降格させなければ円滑な業務運営の確保などの業務上の必要性に支障が生じ、降格が均等法の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するとき――は、例外的に不利益な取扱いにはあたらないとしたのです。

 「そして、上記の承諾に係る合理的な理由に関しては、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置の前後における職務内容の実質、業務上の負担の内容や程度、労働条件の内容等を勘案し、当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から、その存否を判断すべきものと解される。また、上記特段の事情に関しては、上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって、当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して、その存否を判断すべきものと解される」としたのです。

原判決破棄、名古屋高等裁判所に差し戻し

 そして、本件においては承諾に係る合理的な理由はないとしました。

 理由はこうです。

 「上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度は明らかではない一方で、上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上、本件措置による降格は、軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず、上告人の意向に反するものであったというべきである。

 それにもかかわらず、育児休業終了後の副主任への復帰の可否等について上告人が被上告人から説明を受けた形跡はなく、上告人は、被上告人から……本件措置による影響につき不十分な内容の説明を受けただけで、育児休業終了後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会を得られないまま、本件措置の時点では副主任を免ぜられることを渋々ながら受け入れたにとどまるものであるから、上告人において、本件措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものとはいえず、上告人につき……自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないというべきである」

 「また、上告人は、……妊娠中の軽易業務への転換としての……リハビリ科への異動を契機として、本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ、リハビリ科においてその業務につき取りまとめを行うものとされる主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質及び同科の組織や業務態勢等は判然とせず、仮に上告人が自らの理学療法士としての知識及び経験を踏まえて同科の主任とともにこれを補佐する副主任としてその業務につき取りまとめを行うものとされたとした場合に被上告人の業務運営に支障が生ずるのか否か及びその程度は明らかではないから、上告人につき軽易業務への転換に伴い副主任を免ずる措置を執ったことについて、被上告人における業務上の必要性の有無及びその内容や程度が十分に明らかにされているということはできない。

 そうすると、本件については、被上告人において上告人につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障があったか否か等は明らかではなく、……本件措置により上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か等も明らかではない一方で、上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上、本件措置による降格は、軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず、上告人の意向に反するものであったというべきであるから、本件措置については、被上告人における業務上の必要性の内容や程度、上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り、……均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情の存在を認めることはできないものというべきである。

 したがって、これらの点について十分に審理し検討した上で上記特段の事情の存否について判断することなく、原審摘示の事情のみをもって直ちに本件措置が均等法9条3項の禁止する取扱いに当たらないとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の解釈適用を誤った違法がある」

 最高裁はこのような理由を挙げて原判決を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻したのです。

労働省官僚出身の女性裁判官の補足意見

 なお、最高裁では第1審・控訴審の「措置1」については判断をしていますが、育児休暇から復帰後の配置等が均等法9条3項に違反するかという「措置2」については予備的に請求されていたため、判決文の中では明確な判断が示されていません。

 ただ、この点につき、労働省官僚出身で裁判長を務めた桜井龍子裁判官が、次のような補足意見を述べています。

 「本件の場合、上告人が産前産後休業に引き続き育児休業を取得したときは、妊娠中の軽易業務への転換に伴い副主任を免ぜられた後であったため、育児休業から復帰後に副主任の発令がなされなくとも降格には当たらず不利益な取扱いには該当しないとする主張もあり得るかもしれないが、軽易業務への転換が妊娠中のみの一時的な措置であることは法律上明らかであることからすると、育児休業から復帰後の配置等が降格に該当し不利益な取扱いというべきか否かの判断に当たっては、妊娠中の軽易業務への転換後の職位等との比較で行うものではなく、軽易業務への転換前の職位等との比較で行うべきことは育児・介護休業法10条の趣旨及び目的から明らかである。そうすると、本件の場合、……措置2については、それが降格に該当することを前提とした上で、育児・介護休業法10条の禁止する不利益な取扱いに該当するか否かが慎重に判断されるべきものといわなければならない」

 さらに、同裁判官は、「育児休業から復帰後の配置等が、円滑な業務運営や人員の適正配置などの業務上の必要性に基づく場合であって、その必要性の内容や程度が育児・介護休業法10条の趣旨及び目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するときは、同条の禁止する不利益な取扱いに当たらないものと解する余地があることは一般論としては否定されない。そして、上記特段の事情の存否に係る判断においては、当該労働者の配置後の業務の性質や内容,配置後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等が勘案された上で検討されるべきことも同様であろう」としました。

 その上で、「本件においては、上告人が職場復帰を前提として育児休業をとったことは明らかであったのであるから、復帰後にどのような配置を行うかあらかじめ定めて上告人にも明示した上、他の労働者の雇用管理もそのことを前提に行うべきであったと考えられるところ、法廷意見に述べるとおり育児休業取得前に上告人に復帰後の配置等について適切な説明が行われたとは認められず、しかも本件措置後間もなく上告人より後輩の理学療法士を上告人が軽易業務への転換前に就任していた副主任に発令、配置し、専らそのゆえに上告人に育児休業から復帰後も副主任の発令が行われなかったというのであるから、これらは……特段の事情がなかったと認める方向に大きく働く要素であるといわざるを得ないであろう」としています。

最高裁判所判決の意義と影響

 従来、企業が降格や雇止めなどをしても、妊娠、出産、育休が理由ではないと主張するケースが多く見られてきました。このような状況の中で、今回の最高裁判所判決は、妊娠中の軽易業務への転換を契機として女性労働者を降格させる事業主の措置が均等法9条3項の禁止する取扱いに該当するか否かについて、最高裁判所が初めて判断基準を示した判決であり、女性の社会進出とともに問題化しているマタニティー・ハラスメントに一石を投じた判決として、大きな反響を呼んでいます。

 最高裁判所が、均等法に照らして新たな規範を示した背景には、妊娠や出産を理由にした不利益な取り扱いを禁止した2006年の均等法改正後も問題が解決していない現実があるからという見方もなされています。

 原告の女性は、「女性が安心して子を産み、育てながら仕事を続けるために判決が役だって欲しい」とのコメントを出し、女性の代理人弁護士は「仕事と育児の両立を目指す多くの女性にとって朗報だ」と判決を評価しました。マタハラの被害者団体の代表も「妊娠、出産した女性が休みを取ることを良しとしない文化が根強い。判決を機に企業や周囲の意識が変わってほしい」と期待を表明したと報道されています。

 「最高裁が法の本来の理念を明言した意味は大きい」、「本人の承諾の有無を最高裁が厳格に判断したのは評価できる」などと最高裁判決を評価した識者の声も報道されています。一方、「最高裁の基準を逆手に取り、『承諾を得れば問題ない』と考えるおそれがある」、「例外的に違法にならないとされた『業務上必要な降格』が何を指すのかが曖昧で、労働者の企業も悩むだろう」といった懸念も示されています。

最高裁判所判決を受けた国の動き

 厚生労働省の発表によると、13年度に全国の労働局に寄せられた労働者からのマタハラ関連の相談件数は3371件、14年度は3591件にも上っていますが、厚生労働省としては、相談件数は氷山の一角ではないかとみていると報道されています。

 冒頭で述べたように、厚生労働省は、最高裁判所判決を受けて、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長名義で、今年1月23日、均等法と育児・介護休業法の解釈通達を改正し、全国の労働局に雇用主への指導を強めるよう指示しました。

 つまり、改正後の解釈通達では、妊娠・出産、育児休業等を「契機として」不利益処分を行った場合、原則として、均等法、育児・介護休業法に違反するとし、その「契機として」については、「基本的に当該事由が発生している期間と時間的に近接して当該不利益取扱いが行われたか否かをもって判断する」としています。妊娠・出産と時間的に近接して解雇・降格等の不利益な取り扱いがあれば、因果関係があるとして、原則、違法となるとしているわけです。

時間的に近接しているか否かの判断基準は1年間

 厚生労働省は、1月の通達を一歩進める新たな方針を3月に決定しました。同月27日に厚生労働省から公表された「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係わるQ&A」では、「原則として、妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は『契機として』いると判断する」とされています。

 つまり、1月の通達では、妊娠・出産と「時間的に近接」して解雇・降格などの不利益な取り扱いがあれば、因果関係があるとして、原則違法となるとしていましたが、時間的に近接するかどうか判断する期間を「1年間」と明示したのです。

 さらに、厚生労働省は5月、マタハラ問題に関する是正指導や勧告に従わない悪質企業の企業名公表など指導を徹底する方針を決定し、全国の労働局に指示したとの報道がなされました。同月29日公表された「妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係わるQ&A」では、「厚生労働大臣名での勧告書を交付しても、なお是正されない場合には、企業名を公表することとなる」とされています。

 均等法30条では、企業が是正勧告に従わない場合には、厚生労働大臣は企業名を公表できると規定されていますが、これまで企業名が公表された例はありません。マタハラに関して、企業により厳しい姿勢を示すことで被害を未然に防止する狙いから、このような指示がなされたのです。

企業はマタハラに関する意識改革を

 この原稿を執筆中の6月22日の読売新聞朝刊には、誌面全体の3分の1を占める形で、「そのマタハラ、違法です」と大書された政府広報が掲載されました。

 そこには、「妊娠・出産・育児休業等を理由に解雇・契約変更・降格するなど、職場でのマタハラは、法律で禁止されています」と書かれており、違法となる様々なケースが具体的に例示され、さらに最後に「全ての女性が、妊娠・出産後も仕事を続けられる職場環境を」とコメントされています。国が今後も、政府広報などの手段を動員して、本格的に企業によるマタハラを阻止していく姿勢であることは明らかです。

 ちなみに、外務省は6月19日、男女平等や女性の活躍推進を進める国連の専門機関「UN Women」が、女性活躍を戦略的に進める世界上位10人の首脳の1人に安倍晋三首相を選出したと発表しました。

 安倍首相は女性の活躍を進めるという戦略的観点から、今後もマタハラについて強い姿勢を積極的に打ち出していくと思われます。企業としても、マタハラに対する意識改革を早急に進めて行く必要に迫られていると思います。

 

2015年06月24日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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