ブラック企業 社名公表の影響

相談者 AAさん(24)

 昨年4月に、世間でどのような会社をブラック企業と呼んでいるのか、その見分け方などについて質問した者です。その後、頂いた回答を参考にしながら様々な企業をまわり、今春、念願の総合商社に就職できました。今は一生懸命仕事に励んでいますが、やりがいがあって楽しくてしょうがありません。

 十分に情報収集して選んだ企業だけあって、私の勤務先にブラック的な要素は一切ありません。時に厳しい指導を受けるものの、使い捨てではなく、私の成長を願っての対応というのがよく理解できるのです。1年目から海外出張も行かせてもらえ、プライベートでも語学学校に通うなど、生活自体が充実しています。

 そのブラック企業ですが、この名前はすっかり社会に定着しましたね。今やブラック企業認定を受けると、社員の採用に影響を与えるようになりました。企業はそういったうわさが出ないよう、細心の注意を払っていると聞いています。

 その一方で、相変わらずブラック企業と噂される企業は幾つも存在しているようです。私と一緒に就活をして、ある企業に入った大学の友人などは入社して数か月で、「会社を辞めたい」と、こぼしていました。こういった話を聞いている1年下の後輩も、企業情報の収集に余念がありません。

 でも、こんな話も聞きました。厚生労働省がブラック企業について是正勧告の段階で、社名を公表する新しい取り組みを始めたんだそうですね。

 これまで外部からは見分けにくかったブラック企業情報が、国の手によって明らかにされることは、就活生にとっても朗報だと思います。後輩に教えてあげようと思っていますので、厚生労働省が今回決めたブラック企業の社名公表について、ぜひ詳しく教えて頂けますか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

 

(回答)

厚生労働省によるブラック企業対策

 昨年4月23日の本コーナーで、このテーマを取りあげた後、世の中でブラック企業の言葉はすっかり浸透し、企業もそのような噂が出ないように気をつけているようです。

 ただ、相変わらず具体的にどの企業がブラック企業なのかは不透明です。

 この種の情報は、毎年話題になっている「ブラック企業大賞」や口コミサイト、ニュース報道などに頼らざるを得ませんでした。こうした中、厚生労働省が今年5月に発表したブラック企業対策が注目を集めています。これは一定の条件を満たした問題のある企業について、従来の取り扱いよりも早期に企業名を公表するというものです。

 折しも、今年4月から東京・大阪の両労働局内に設置された「過重労働撲滅特別対策班」(いわゆる「かとく」)が7月2日、靴の販売チェーン「ABCマート」の一部店舗で、従業員4人に月100時間前後の残業をさせていたとして、法人としての株式会社エービーシー・マートと労務担当取締役及び店舗責任者2人の計3人を労働基準法違反の疑いで、東京地検に書類送検したとのニュースが流れました。

 今回は、この厚生労働省が導入する新しい企業名公表の基準について説明したいと思います、

新基準発表の経緯

 今までは、企業が長時間労働で法律に違反した場合、労働基準監督署が是正を勧告し、それでも従わない悪質な企業に限って書類送検して、社名を原則公表していました。

 労働基準監督署の監督官は、労働基準法101条で「事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる」とされています。

 この規定に基づいて、労働基準監督官は、定期的に事業場に法律違反の事実の有無を調査するために臨検することもありますし、労働者からの法律違反の事実申告に基づいて臨検することもあります。労働基準法104条は「事業場に、この法律に基づいて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる」とも規定しています。

 その結果、法律に違反する事実があれば、労働基準監督官は是正勧告をすることとなります。

 是正勧告は、是正勧告書という書面を交付することによってなされますが、そこには是正すべき違反事実と是正期日が記載されます。是正勧告は、行政処分ではなく行政指導ですので、それ自体に強制力はありません。しかし、労働基準法102条は「労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う」と規定されています。つまり、是正命令に従わない場合には、労働基準法違反の事実が労働基準監督官によって検察官に送致され、刑事罰に問われる可能性や事案によっては労働基準監督官が自ら逮捕することもありますので、是正命令に従うのが一般的です。

 厚生労働省によると、2013年に労働基準監督署が是正勧告をした件数は11万2873件ありました。このうち、書類送検された件数は1043件で、是正勧告の件数の1%にも満たないということです。

 したがって、これまでは是正勧告に従ってさえいれば、是正勧告を何度受けても社名が公表されることは事実上ありませんでした。つまり、残りの99%である11万社余りにのぼる企業の名前は、世間の目に触れることもなく見過ごされてきたわけです。

 実際のところ、報道によれば、前述の株式会社エービーシー・マートに対しても、東京労働局が過去に同社の店舗で長時間残業が横行しているとして是正勧告をしていたにもかかわらず改善が見られなかったということですが、これまで企業名は公表されてきませんでした。

 そこで、違法な長時間労働を繰り返す企業が多くあることから、違法な長時間労働を強いることを広範に行っている場合には、企業名を公表してでも食い止めようと、厚生労働省が今回、企業名を早期に公表する新たな基準を発表するに至ったわけです。

新基準の概要

 新基準は5月18日より実施されています。その概要は、厚生労働省によれば、以下のように示されています。

 「長時間労働に係る労働基準法違反の防止を徹底し、企業における自主的な改善を促すため、社会的に影響力の大きい企業が違法な長時間労働を複数の事業場で繰り返している場合、都道府県労働局長が経営トップに対して、全社的な早期是正について指導するとともに、その事実を公表する」

新基準の具体的内容

 都道府県労働局長による指導・公表の対象とする基準は、(1)「社会的に影響力の大きい企業」であること、かつ、(2)「違法な長時間労働」が「相当数の労働者」に認められ、このような実態が「一定期間内に複数の事業場で繰り返されている」こととされています。

 (1)の「社会的に影響力の大きい企業」とは、具体的には、複数の都道府県に事業場を有している企業であり、中小企業基本法に規定される中小企業者に該当しないものであることとされています。

 中小企業法に規定される中小企業者とは、<1>製造業・建設業・運輸業・その他の業種(卸売業・サービス業・小売業を除く)の場合、資本金の額又は出資の総額(以下「資本金の額等」)が3億円以下、常時使用する従業員の数(以下「従業員数」)が300人以下のいずれかを満たす企業をいいます(中小企業基本法2条1項1号)。

 また、<2>卸売業の場合には、資本金の額等が1億円以下、従業員数が100人以下のいずれかを満たす企業(同項2号)、<3>サービス業の場合には、資本金の額等が5,000万円以下、従業員数が100人以下のいずれかを満たす企業(同項3号)、<4>小売業の場合には、資本金の額等が5,000万円以下、従業員数が50人以下のいずれかを満たす企業をいいます(同項4号)。

 (2)の「違法な長時間労働」とは具体的には、<1>労働時間、休日、割増賃金に係る労働基準法違反が認められ、かつ、<2>1か月当たりの時間外・休日労働時間が100時間を超えていることとされています。「相当数の労働者」とは、1か所の事業場において10人以上の労働者又は当該事業場の4分の1以上の労働者において、「違法な長時間労働」が認められることとされています。

 「一定期間内に複数の事業場で繰り返されている」というのは、おおむね1年程度の期間に3か所以上の事業場で「違法な長時間労働」が認められることとされています。

 これらの基準に該当すれば、前述のABCマートのように書類送検を待つまでもなく、行政指導である是正勧告の段階で、企業名を公表できることになります。企業にとって、この基準で社名を公表されると、まさに「ブラック企業」として世間に認知されてしまうことになり、企業イメージの悪化や人材確保が困難になることなどが予想されます。

 社名を公表されたくないならば、本気で改善せよという企業に対する強力なプレッシャーとなることが期待されるわけです。

 塩崎厚生労働相も「やはり、名前を公表されるということを考えると企業の行動は、今までとは違ってくるんだろうというふうに思いますので、それは働く人たちのために、プラスになるように我々としてはしっかりと指導していきたいと思います」と記者会見で発言しています。

新しい制度の実効性に疑問の声も

 しかし、様々な点から、その実効性を疑う声が出ているようです。

 まず指摘されているのは、公表される企業が大企業に限定されていることです。

 中小企業庁が発表した15年版の中小企業白書によれば、約386万4,000社ある日本企業のうち、大企業は1万1,000社(約0.3%)にすぎず、中小企業が385万3,000社(約99.7%)と大部分を占めています。従業者数でも大企業が1,397万人に対して、中小企業は3,217万人と、全体の約7割が中小企業の従業員となっています。

 日本ではこのように、企業数も従業員数も中小企業の方が圧倒的に多く、ブラック企業は中小企業にこそ多いと一般には考えられているので、大企業のみを公表対象とするのでは効果が薄いという見方が多いわけです。

 また、「違法な長時間労働」の1要件として、<1>労働時間、休日、割増賃金に係る労働基準法違反が認められ、かつ、<2>1か月当たりの時間外・休日労働時間が100時間を超えていることとされています。

 労働基準法では、原則として1日8時間、週40時間を超えて労働させることを禁止しています。これを法定労働時間といい、法定労働時間を超えて従業員を働かせると、労働基準法違反となり、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられることになります。

 ただし、時間外労働・休日労働に関する協定、いわゆる「36(さぶろく)協定」を労使で締結して労働基準監督署に届け出ることによって、法定労働時間を超えて残業させることも違法ではなくなります。もっとも、長時間にわたる時間外労働の抑制を図るため、厚生労働相は、36協定による労働時間の延長の限度等について基準を定めることができるとされており、これに基づき「時間外労働の限度に関する基準(限度基準)」が定められています。

 この限度基準によれば、一般の労働者は1か月の場合45時間を超えて時間外労働をさせることはできないとされています。しかし、労働基準法自体には時間外労働の上限は規定されておらず、限度時間を超えた上限時間を規定した36協定であっても必ず違法で無効ということにはなりません(特別条項付の場合)。1か月当たりの時間外・休日労働時間が100時間を超えている場合でも、労働基準法違反とは認められない場合もあることになるわけです。この場合には、今回の基準に該当しないこととなってしまいます。

 また、「相当数の労働者」とは、1か所の事業場において、10人以上の労働者又は当該事業場の4分の1以上の労働者において、「違法な長時間労働」が認められることとされていますので、長時間労働を強いられている従業員が数名に過ぎない場合には、今回の基準に該当しないこととなる場合もあります。

 さらに、「一定期間内に複数の事業場で繰り返されている」とは、概ね1年程度の期間に「3か所」以上の事業場で「違法な長時間労働」が認められることとされており、悪質な支店や支社といった事業場が例えば「2か所」にすぎない場合にも、今回の基準に該当しないこととなります。

 こうしたことから、公表企業数は限られることになり、実効性は乏しいのではないかという声が出てくるわけです。

効果を期待する声も

 一方で、これまで繰り返し是正勧告を出されながら、厚生労働省から企業名を公表されていない大企業の事例が多いことから、今回の基準での企業名公表でも十分効果はあるという見方もあるようです。

 2013年度の「ブラック企業大賞」を受賞した大手居酒屋チェーンのワタミですが、従来の基準では厚生労働省の企業名公表の対象にはなっていませんでした。

 しかし、14年1月17日に公表された「外部有識者による業務改革検討委員会の調査報告書」において、08年4月から13年2月までの間に労働基準監督官から24件の是正勧告、17件の指導票が発出されていたと報告されています。

 過酷な勤務の果てに自殺に追い込まれたとして、ワタミの元正社員の父母が、ワタミやワタミフードサービス等に損害賠償を求めている、いわゆる「ワタミ過労死裁判」(現在、東京地方裁判所で審理中)で、原告が是正勧告書等の提出を再三求めたところ、ワタミ側は本件訴訟と関連性がないなどとして拒否した後、第5回口頭弁論期日になって、ようやく是正勧告書等を提出したと報道されています。

 提出された是正勧告書によると、次のような事項が指摘されていたとのことです。

 「労働者時間外労働協定における1日の限度時間を超えて労働者に対して時間外労働を行わせたこと」、「時間外労働協定の特別条項における月の特別延長時間を超え、かつ、特別延長時間まで労働時間を延長できる回数を超えて時間外労働を行わせたこと」、「労働時間が8時間を超える場合において、少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えていないこと」、「深夜業に常時従事する労働者に対して、6月ごとに1回、定期に健康診断を実施していないこと」、「法定時間外労働となる当該時間外労働に対して、2割5分又は5割以上の率で計算した割増賃金を支払っていないこと」

 また、牛丼チェーン店「すき家」を運営する事業会社ゼンショーの親会社であり持株会社でもあるゼンショーホールディングスも14年度のブラック企業大賞で「要努力賞」を受賞していますが、従来の基準では厚生労働省の企業名公表の対象にはなっていませんでした。

 しかし、14年7月31日に発表された「「すき家」の労働環境改善に関する第三者委員会の調査報告書」によれば、12年度には13通、13年度には49通の是正勧告書を受けていたということです。

 その内訳として、「時間外労働に関する協定の限度時間を超えて労働させていること」が12年度には12件、13年度には33件と多数を占めていました。同調査によれば、14年2月以前においても、すき家の非管理監督者社員の平均月間残業時間は多いときで約80時間、少ないときでも40時間を超え、月間残業時間が100時間以上の社員がしばしば100人を超えるといった36協定を大幅に超える過重労働が常態化していたと報告されています。

 調査委員会がヒアリングした社員のうち、店舗勤務経験を有するほとんどの社員が、いわゆる回転(店舗において24時間連続で勤務すること)を経験していたということです。この中には、恒常的に月500時間以上働いていた者や、すき家店舗における業務が多忙で2週間家に帰れないという経験をしている者も見られたということです。

 ワタミにしてもゼンショーホールディングスにしても、従来の基準においては企業名公表の対象にはなっていませんでした。もちろん公表された事実だけからは、今回の基準における要件を充足していると断定できませんが、今後は是正勧告の段階で企業名が公表される可能性が高くなることは間違いないのであり、問題のある企業の実態がより早期に明らかになると考えられます。

 「話題のブラック企業、どんな会社を指す?見分け方は?」でも触れましたが、ワタミは世間でブラック企業認定を受けた結果、14年度の新卒社員を計画の半分しか採れず、環境改善のために国内店舗を大幅に閉鎖するまでに追い込まれました。その上、15年3月期には連結の営業損失20億7200万円、経常損失34億600万円と創業以来初の赤字に転落する事態に陥り、今期も更に85店舗を撤退する計画となっているとのことです。同社社長も「ブラック企業と揶揄やゆされることも業績に悪影響を及ぼしていると言わざるを得ない」と認めています。

 ブラック企業と認定されてしまうと、このように、経営に大きな影響が出る可能性があることから、多くの企業では企業名を公表されないよう労働環境を少しでも改善していこうという意欲が出て来ると考えられます。今回の企業名公表が仮に不十分なものであっても、一定の効果は期待できるのではないかと思われます。

中小企業を企業名公表の対象にするのは非現実的?

 そもそも、中小企業の企業名公表は現実的ではないという意見があります。

 労働者が安心して働ける職場環境を実現するためには、労働基準法などで定められた労働条件がしっかりと確保されることが重要です。そのため、各都道府県に労働局が、全国各地に労働基準監督署が設置されており、労働基準関連法令に基づいて事業場に立ち入り、事業主に対し法令に定める労働時間、安全衛生基準、最低賃金等の法定基準を遵守じゅんしゅさせるとともに、労働条件の確保・改善に取り組んでいます。

 しかし、全労働者労働組合が11年11月に発表した「労働行政の現状」によれば、全国に配置される労働基準監督官は約2,941人(本省23人、労働局444人、労働基準監督署2,474人)ですが、実際に臨検検査を行う監督官は管理職を除くため、2,000名以下に過ぎませんでした。総務省統計局の「平成21年経済センサス-基礎調査」によると、全国では約427万の事業場で約5209万人の労働者が働いており、これらすべての事業場の臨検監督を本当に実施しようとする場合、臨検を行う労働基準監督官1人当たりで、膨大な数の事業場を担当しなければならなくなります。実際の臨検監督実施数は、13年で17万8133件で、監督実施率は4.2%にすぎないという現状を前提にすれば、それはやはり困難と言わざるを得ません。

今後の「かとく」の活躍に期待

 6月28日の報道によれば、滋賀労働局は、大津・彦根・東近江の3労働基準監督署が2014年に滋賀県内の1,830事業場に実施した監督指導で、約7割の事業場に、限度を超えた時間外労働などで是正勧告をしたと発表しました。勧告の割合が7割を超えたのは、過去5年間で初めてで、景気の回復に伴って就労時間が長くなっていることなどが影響しているそうです。

 メールやホットラインなど通報制度が整備され、違反の情報が集まりやすくなったことが影響しているとしても、これほどまでブラック企業問題が騒がれている中で、依然として、これほど多くの企業が是正勧告を受けるような就労環境にあることは驚きです。

 今後、万が一、企業名を公表されるとブラック企業として世間に認知され、前述の事例のようにイメージ悪化から人材確保が困難になるばかりか、業績にまで深刻な影響を受けることになりかねないリスクがあることが十分浸透すれば、企業の考え方にも変化がでてくると思われます。もちろん、ブラック企業として企業名が公表されないために、違法な長時間労働を今まで以上に隠蔽する企業が出てくる可能性もあることから、労働基準監督官の増員や調査能力の向上が期待されているところです。

 違法な過重労働を強いる企業の中には、パソコンに保存された労働時間のデータを改ざんするなど、悪質なケースも多いそうです。それに対応するための高度な捜査技術が必要となってきます。

 冒頭に紹介した通称「かとく」では、専門機器を用いてデータの解析を行い、過重労働が認められる企業などに監督指導や検査を行っていくということです。

 冒頭のエービーシー・マートの案件が、「かとく」による初の書類送検ということですが、今後はさらに、今回の基準による企業名公表を含む加重労働対策で、大いに活躍が期待されるところです。塩崎厚生労働相も「かとく」の発足式において、「違法な長時間労働の削減、健康障害防止のための過重労働の撲滅に全力で果敢に取り組んでいただき、働く方が安心して活躍できるように成果をあげてほしい」と話しています。

 

2015年07月08日 16時51分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 


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